世界王者へ! | 村田諒太は追って、殴って、倒して世界王者に。


日本人選手として2人目、48年ぶりに五輪金メダルを獲得した村田諒太(帝拳)が20日、有明コロシアムでいよいよ世界初挑戦の舞台に立つ。

 ミドル級で日本人選手が世界タイトルを獲得した例は1995年の竹原慎二ただひとり。国内でのミドル級世界タイトルマッチ開催も、実に15年ぶりのこととなる。日本人にとって遠い世界だったミドル級で、村田はオリンピックと同じように、プロの世界でもゴールドに輝くことができるのだろうか。直前情報を踏まえて、試合の行方を占った。

 WBA世界ミドル級王座決定戦で同級2位の村田が拳を交えるのは、カメルーン出身のランク1位、アッサン・エンダム(フランス)だ。

 15日に帝拳ジムで開かれた公開練習では、軽快なフットワーク、スピード感あふれるミット打ちを披露。村田対策をうかがわせるコンビネーションも惜しみなく報道陣に見せ、ジムをあとにする記者の何人かは「これは強いな」とうなった。

プロでのキャリアを考えればエンダム有利だが……。
 エンダムは記者会見で次のように語った。

 「村田はグレートなボクサー。オリンピックで金メダルを獲っており、リスペクトしている。確かに素晴らしい戦績だが、勝ってきた相手はどんな相手だった? 今度の相手はアッサン・エンダムだ」

 村田はデビュー以来、無傷の12連勝9KOをマークし、世界戦の舞台にたどりついた。一方のエンダムは35勝21KO2敗で、試合数は村田の3倍。その内容も、暫定王者からの自動昇格ながらWBO世界王座に就いた経験があり、世界タイトルマッチも複数こなしている。

 村田はといえば、12戦のうち世界ランカーとの対戦は、7戦目で当時WBO15位にランクされていたダグラス・ダミアオ・アタイデ(ブラジル)だけ。アマで村田は138戦、エンダムは84戦だが、プロのキャリアで比べると、エンダムが村田を大きく突き放している。こうした事実を踏まえれば、試合の予想は「エンダム有利」に傾くであろう。

村田が無骨に前に出て、エンサムがさばく構図。
 では、村田はいかにして難敵を相手に勝機を見出していくのか。両者のスタイルを比較し、試合をシミュレートしてみよう。

 村田はアマチュア時代からそのパワーを生かし、ガードを固めて前に出る無骨ともいえるスタイルを身上としてきた。固いガードとプレッシャーが、村田の何よりの武器だ。エンダムは「私は何でもできるコンプリートボクサー」と自らを表現したが、分類するならフットワークとスピードに長けた技巧派と言えるだろう。試合は足を使って動くエンダムを、村田が追いかけるという展開が予想される。

 エンダムは足を使って左右に動きながら、機を見てロングレンジからの右、村田が接近しようとすれば、ガードの隙間を射抜く右アッパーを打ち込もうとするはずだ。下がりながらでも手数を出してポイントを稼ぐ。村田はカウンターに注意を払いながら、動く相手を追いかけ、距離を詰めなければならない。

 この作業は決して簡単ではないだろう。帝拳ジムの本田明彦会長は「3回まではまずつかまえられないと思う」と予想した。大事なのはそれでもあきらめずにプレッシャーをかけ続けることだ。ここで迷って前に出るのをやめたらエンダムの思うつぼ。リズムに乗ったフランス人は着実にポイントを積み重ねていくだろう。

エンダムがいくら速いとはいえ、アマほどではない。
 逆に圧力をかけ続ければ、必ずチャンスは生まれるはずだ。エンダムは「村田は私のようなボクサーと対戦したことがない」と不敵な笑みを浮かべたが、エンダムも村田のようにフィジカルが強く、勇敢にグイグイと圧力をかけ続けるタイプを多く経験しているわけではない。エンダムがアマ、プロを通じてアジア人との対戦が一度もない事実も指摘しておきたい。

 また、プロとアマは、プロが3分12ラウンド、アマが3分3ラウンドという点で大きく違う。いわばアマは短距離走で、各選手はプロよりもスピードを出せると言えるだろう。そのアマで村田は金メダルを獲得したのだ。

 エンダムが速いといっても、そのスピードに村田が驚き、最後まで右往左往して終わる、というパターンも正直なところ想像しにくいのである。

1試合で6度ダウンしたこともあるエンサムの脆さ。
 序盤にどれだけ苦労しても、ひとたび村田がエンダムを射程距離にとらえれば、勝利の可能性はググッと高まる。エンダムは接近戦に強い選手ではなく、打たれると脆いという弱点を持つ。

 エンダムの2敗はいずれも世界タイトルマッチで、ピーター・クイリンには6度、デビッド・レミューには4度のダウンを喫した。接近したところでパンチをもらい、パタッと倒れるシーンは、あまりにあっさりしていて驚くほどだ。村田の右ストレートや左ボディブロー、または左フックがヒットすれば、かなり高い確率でエンダムはキャンバスに転がるだろう。

ミドル級は本当に遠い世界なのか。
 そしてもうひとつ頭に入れておきたいのは、エンダムが驚異的な回復力の持ち主だということだ。

 クイリンともレミューとも、ダウンから立ち上がったあとによく手を出し、終わってみればダウンしたラウンド以降も互角以上のファイトを演じていた。村田は接近してダウンを奪い、なおかつそこで攻撃の手を緩めてはいけないのだ。そうして初めて終盤のTKO勝ち、フルラウンド戦っての大差判定勝ちが見えてくるだろう。

 村田が勝利を手にする条件は、無骨とも言える己のボクシングを信じ、それを最後まで貫くことになる。4年に1度のオリンピックで勝利し、勝負たるものを熟知する男は、もちろんそのことを自覚している。

 「できないことをやろうとしても仕方がない。自分がやるべきことをやるだけ。それが通用しなかったら相手が上ということ」

 エンダムが村田を翻弄し、やはりミドル級は我々にとって遠い世界だと痛感させられるのか、はたまた村田が見事にエンダムを捕獲し、22年ぶりの日本人ミドル級世界王者の誕生はなるのか。運命のゴングは間もなく鳴る。

◆村田諒太、やっと実現した世界戦
2012年ロンドン五輪金メダリストの村田諒太(帝拳)が5月20日、有明コロシアムで元WBO世界ミドル級王者、アッサン・エンダム(フランス)とWBA世界ミドル級王座決定戦を行うことが決まった。3日、都内で開かれた記者会見には多数のメディアが詰めかけ、翌日のスポーツ紙がトップで報じるなど、早くも注目が高まっている。

 村田が記者会見を行ったのは、東京・九段下にあるホテルグランドパレスのゴールデンルーム。2013年4月12日、同じ部屋でプロ転向会見を行った日本ボクシング史上2人目の金メダリストが、4年の歳月をへて、ついに世界タイトルマッチの舞台にたどり着いたのだ。

「ミドル級の世界タイトルに日本で挑戦できることをありがたく思っています。プロに入る前、ミドル級は大変だと聞いていました。それはファイターにとって大変なものだと思っていましたが、実際に大変なのはサポートしてくれる方々でした」

 村田は世界タイトルマッチの舞台に立つ喜び、感謝の言葉を真っ先に口にしたが、これはただの社交辞令ではない。実際に日本でミドル級の世界タイトルマッチを組むのは簡単ではなかった。

ゴロフキンとアルバレス以外がなかなか入り込めない。

 現在のミドル級はWBAスーパー、WBC、IBFの3本のベルトを持つゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)が実力で頂点に立ち、人気ではメキシコのスター、元WBC王者のサウル“カネロ”アルバレスが群を抜く。つまりミドル級戦線はこの2人がビジネスの中心であり、他の選手が入り込む余地はなかなか見当たらないのが現状だ。

 そのような状況で、村田陣営は昨年から、WBO王者のビリー・ジョー・サンダース(英)を標的に定めて交渉を進めてきた。

 昨年の段階で事務レベルでは対戦合意という段階にまでこぎつけたが、サンダース本人はゴロフキン、カネロとのビッグマッチを希望。村田戦には常に後ろ向きだった。

サンダース陣営と交渉を進めつつWBAも見据えていた。

 サンダース陣営は4団体制覇を目指すゴロフキン陣営とも交渉をしているが、これも実現の見通しは立っていない。双方が対戦を望みながら交渉が成立しないのは、ファイトマネーを含む諸条件で折り合いがつかないからだ。

 帝拳ジムの本田明彦会長は「サンダースはいろいろと難しい選手だと聞いている。たとえ契約が成立しても、本人が試合に来るかどうか保証できない」とサンダースをあきらめた理由を説明した。

 WBO王者との難しい交渉を進めながら、年が明けたあたりから、WBAの“レギュラー”王座の存在がクローズアップされてくる。ゴロフキンが3月、WBAレギュラー王者のダニエル・ジェイコブス(米)と試合をすることが決まり、そうなるとこの試合に勝った選手がスーパー王者となり、レギュラー王座が空位となるからだ。

 結果はゴロフキンが勝利をおさめ、1位のエンダムと2位の村田に王座決定戦の道が開かれた。こうして村田陣営はWBAに舵を切ったのである。

日本での開催にこぎつけるため、タフな交渉を重ねた。

 ならばこれで決まりかと言えばそうではない。ボクシングのマッチメークが難しいのはここだ。エンダム側はフランス開催を希望し、村田側は日本開催を希望する。そうなるとあとはファイトマネーを含めて諸条件が問題になる。エンダムが「嫌だ」とこの試合を拒否すれば、試合は成立しない。そうなれば村田はまた別の相手と交渉しなければならず、時間ばかりが過ぎていく。

 こうした事態を避けるため、村田のマッチメークを行う帝拳プロモーション、アメリカのトップランク社はタフな交渉を重ね、エンダムを日本に呼び寄せることに成功した。

 両者のファイトマネーは明らかにされていないが、軽量級に比べるとかなり高額であることは間違いないだろう。村田が「周囲の人たちが大変」というのは、こうした事情があったからだ。

 ようやく舞台は整った。あとは村田が結果を出すかどうかである。

対戦相手のエンダムは「やりにくい」タイプ。

 エンダムは元WBO王者の肩書きを持ち、昨夏、カメルーン代表としてリオデジャネイロ五輪に出場したことでも注目された。昨年12月、初回22秒でKO勝ちした試合が米主要メディアのノックアウト・オブ・ザ・イヤーに選ばれたため、強打者の印象を与えるが、どちらかといえばテクニックに長けた「やりにくい」タイプの選手と言えるだろう。

 ウイークポイントは打たれ弱さ。しかし、これも弱点と言えるかどうかというとちょっと微妙だ。エンダムはピーター・クイリン(米)とのWBOタイトルマッチで6度ダウンし、デビッド・レミュー(カナダ)とのIBFタイトルマッチでは4度ダウンした。

 ところがいずれもKO負けではなく、その都度立ち上がって判定決着まで持ち込んでいる。しかもダウン以降のラウンドを優位に進めたのである。

竹原慎二以来となる日本人ミドル級王者誕生なるか。

 このあたりは村田も自覚していて「ひと筋縄でいくような相手ではない。間違いなくタフ・ファイトになる」と予想する。本田会長は「村田が勝っているのはパワーと学習能力の高さ。あと1か月半でどこまで伸びるか」と最後のひと伸びに期待を寄せる。すでにメキシコ人パートナー2人が村田とスパーリングをしているが、今後はエンダムと同じ黒人選手2人をアメリカから呼び寄せる予定だ。

 海外から4人もパートナーを用意するのは異例で「絶対に村田を勝たせる!」という陣営の並々ならぬ意気込みが伝わってくる。

 ミドル級で世界を手にした日本人選手は1995年にWBA王座を獲得した竹原慎二氏ただひとり。’64年の東京五輪バンタム級で金メダルを獲得した桜井孝雄氏(故人)はプロ転向後、’68年の世界タイトルマッチに敗れ、ついに世界王座には手が届かなかった。

 村田は「だれもメダルを獲ると思っていなかった」という2011年の世界選手権で銀メダルを獲得し、翌年のロンドン五輪ではしぶとく勝ち抜いて金メダルに輝いた。ゴールドの拳を持つ男は、プロの世界でも持ち前の勝負強さを発揮するのか─―。決戦に向けたカウントダウンが始まった。