昭和十三年制定陸軍制式軍刀ー豫州北條住博正作ー特注研出鮫皮巻木鞘

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刀長67.0センチ 反り1.8センチ 研出鮫皮巻木鞘  全長99センチ
 
 
 
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透かし鍔 全切羽装備 駐爪式
 
 
 
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当時からのウブ状態の小粒の鮫皮。後世に造り直された研出鮫皮巻鞘は粒が大きく鞘が白っぽく見える。
 
 
 
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銘 豫州北條住博正作  
【聖代刀匠位列表(栗原彦三郎謹選)上工の上位】といっても美的鑑賞の評価に過ぎない
 
 
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昭和19年五月日        ※ちなみにこちらの博正も十九年http://www.bidders.co.jp/item/155579008
 
 
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  「マレーの虎」陸軍・山下奉文大将の佩刀は茶研出鮫皮巻木鞘
 
 
日本刀は武器ではないという例の美術刀マニア「アイスK」http://blog.goo.ne.jp/ice-k_2011に問いたい。
蒙古襲来で日本刀の体配の変化や戦国期、馬上の太刀打ちから徒歩戦の打刀に変化したのは何のためなのか?美的鑑賞のための変化なのか?これは日本刀が武器であったから変化したのではないか?
日本刀の精神論を語るのもいいが士分の者にとっては確かに精神性は重要な要素であっただろう。しかしそれは日本刀の武器としての基本要素から発生したものである。また集団戦の主役であった足軽が日本刀に精神的要素を求めたのか疑問が残る。
山下奉文閣下のような高官になれば直接敵と対峙することなく日本刀に精神性を求めただろうが、それも武士、武器としての基本要素から発生したものである。