ビートたけし | 18歳下“愛人”と独立


ビートたけし(71)が3月いっぱいで所属事務所「オフィス北野」を退社し、独立することが分かった。“愛人”とも伝えられるビジネスパートナーの女性と新会社を設立しており、来月の新年度から拠点にする。
電撃的な独立劇ではあるが、たけし自身は数年前から水面下で動いていた。オフィス北野のほかに自らの会社をいくつか持っており、幹子夫人との「北野企画」もその一つ。しかし、3年ほど前に18歳年下のビジネスパートナーの女性と「T.Nゴン」という新会社を設立した。昨年3月には代表取締役に就任し、着々と独立に向けた準備を進めていた。社名の「T.N」の意味は不明だが「ゴン」はたけしの愛犬の名前という。
ビジネスパートナーの女性については、4年前に週刊誌が愛人として報道。スポニチ本紙の取材でも、都内で一緒に生活しているのは事実で、今回の独立劇により公私ともに親密な“最重要パートナー”となる。ただ、たけし自身は新著「ビートたけしのオンナ論」で「“愛人”って言われても困るんだよ。だって、勃(た)たないんだから」とおちゃめな主張をしている。

■愛人女性は寝たまんまパンツをはかせてくれる「オネーチャン」
ビートたけし(71)が3月いっぱいで所属事務所「オフィス北野」を退社し、独立することが分かった。“愛人”とも伝えられるビジネスパートナーの女性と新会社を設立しており、来月の新年度から拠点にする。たけしの著書「ビートたけしオンナ論」には、愛人女性が「オネーチャン」の表記で登場する。
夫人との別居について「(自宅には)40年間で10日か、20日ぐらいは帰ってる」と記した一方、「自宅に帰らないんじゃなくて、要は居心地のいいほうに帰っているんだ。それがたまたまオネーチャンの家ってだけでね」と女性との同居を明言。「朝起きりゃ、寝たまんまパンツをはかせてくれて『はい、いってらっしゃい』なんて感じになるんだから」と気の置けない関係であることを堂々とつづっている。

■オフィス北野退社、独立へ「背負ってきたもの下ろしたい」
お笑い界最大の実力者で世界的な映画監督でもあるビートたけし(71)が3月いっぱいで所属事務所「オフィス北野」を退社し、独立することが13日、分かった。
今年で設立30年を迎えたオフィス北野。森昌行社長(65)は13日、スポニチ本紙の取材に、たけしが今月いっぱいで事務所を退社して独立する事実を認めた。独立の理由については、たけしから「軍団を含め、これまで背負ってきたものをいったん下ろしたい。自分の時間を増やしたい」という申し出があったことを明かした。

■たけし軍団 | 殿を追うか残るかの迫られる選択
たけしの独立で注目されるのが、ガダルカナル・タカ(61)やラッシャー板前(54)ら軍団メンバーの動向だ。
86年のフライデー襲撃事件では、11人が殿たけしと行動を共にするなど結束の強さを見せつけたが、果たして今回はどうか。ある映画への出演が決まっている軍団メンバーから相談を受けたというキャスティング・ディレクターは「“たけしさんについていくも良し、オフィス北野に残るも良し。選んでいい”と言われているのだそうです」と打ち明けた。難しい選択を迫られている。

■細川ふみえ ビートたけしとの愛人過去語る
巨乳グラビアタレントとして絶大な人気を誇った「フーミン」ことタレントの細川ふみえ(42)が1日、TBS「櫻井有吉アブナイ夜会」(木曜後10・00)に出演。かつて交際がうわさされたお笑い芸人のビートたけし(67)との関係について語った。
たけしとは日本テレビの「スーパーJOCKEY」で共演。細川は「私のことは友達だって言ってくださったことはあります」とうわさを否定。ただ、たけし軍団のメンバーがはれものにさわるように話しかけてこなくなり、屈託ないダチョウ倶楽部の存在が安らぎだったと当時を振り返った。
実に7年ぶりのバラエティ番組出演となった細川。07年に結婚。一児をもうけたが、夫の経営する会社の倒産などで09年11月に離婚し、シングルマザーとして一人息子の育児に専念してきた。番組ではその苦労を思い出したのかずっと涙ぐみ目を潤ませた。
元夫が背負った負債の取り立てを迫る嫌がらせメールや、好奇の目を恐れてママ友もつくらず、息子と家族2人だけ。収入はなく貯金を切り崩しての生活は楽ではなかった。
「子供には(離婚した理由を)すべて話した。小さいころから凄く大人で小っちゃい彼氏です」

◆ビートたけし 本名北野武。1947年(昭22)1月18日生まれ、東京都出身の71歳。明大を3年で中退したが2004年に同大の「特別卒業生認定制度」第1号に選ばれた。1973年にビートきよし(68)と「ツービート」を結成。その後、俳優活動も始め、83年に映画「戦場のメリークリスマス」で毎日映画コンクール男優助演賞を受賞。89年に「その男、凶暴につき」で監督デビュー。97年にベネチア国際映画祭で「HANA―BI」が金獅子賞(グランプリ)、03年に「座頭市」で監督賞を受賞。血液型O。