有賀さつきさん急死


52歳で死去したことが5日明らかになったフジテレビ元アナウンサーの有賀さつきさんの父、洋さん(84)が取材に「病院から(有賀さんが亡くなったと)連絡が入りました」と述べ、闘病生活の末に亡くなったことを明らかにした。
同日午後の日本テレビ系「ミヤネ屋」やフジテレビ系「直撃ライブ グッディ!」などの情報番組が報じた。
洋さんは自宅前で取材に応じ「それまでに痩せて衰えて参りまして、2週間ほど前から入院していました。退院できるかと安心していましたが、全く予想外でした」と述べた。
「多くの方に愛されて…」と問いかけられると、涙にむせぶように「ありがとうございます。彼女らしい人生だったと…。早すぎますけど…。ありがとうございました」と声を絞り出した。
テレビ朝日の大下容子アナウンサー(47)が、元フジテレビアナウンサー有賀さつきさん(享年52)の訃報を受け、共演時の印象などと語った。

5日放送のテレビ朝日系「ワイド!スクランブル」は、有賀さんの訃報を伝えるとともに、有賀さんの父に直撃したVTRをオンエアした。有賀さんの父は病院から連絡を受けて初めて娘の死を知ったといい、「言葉になりません」と整理のつかない胸中を吐露。大下アナは「子どもを先に見送るというのが、どんなにつらいことかと、ほんとに思います」とおもんぱかった。
大下アナは同局系「Qさま!!」で度々共演した有賀さんについて、「『プレッシャーSTUDY』は制服を着るコーナーなんですけど、有賀さんはご自分のセーラー服をいつもお手製で準備されて、番組を明るく華やかに盛り上げようという、すごくサービス精神のある方」と人柄をしのんだ。
有賀さんは漢字検定準1級などの資格を持ち、「Qさま」でも活躍したが、大下アナは「娘さんが『ママが勉強するから私も一緒に勉強する』と。すごくお母様の頑張りに触発されているんだなと、ステキな親子だなと思っていたので、本当に急なことで、52歳で……」と、有賀さんと長女の関係について話しながら声を震わせ、「お悔やみを申し上げます」と悼んだ。

52歳で死去したことが5日明らかになったフジテレビの元アナウンサーでフリーの有賀さつきさんが昨年秋ごろ、親しい関係者に父親の介護と自身の体調がすぐれないことを理由に、いったん仕事を休む意向を示していたことが5日、分かった。
フジテレビが昼のニュース番組「FNNスピーク」で報じた。同ニュースでも死因は報じられなかった。

女子アナブームの火付け役となった元フジテレビアナウンサーで、タレントとしても活躍した有賀さつきさんが今年1月末、52歳の若さで亡くなっていたことが5日、分かった。有賀さんは2002年、同局の和田圭氏と結婚し、1女を授かったが06年に離婚。17年2月13日、実に1年8カ月ぶりの投稿となった公式ブログでは「ずいぶん私も病んでいました」と、苦悩を告白していた。
有賀さんは「お久しぶりです」と題した投稿で、「まあ、とにかく、怒濤の日々でして。。。育児、介護、仕事。シングルペアレント。これらに当てはまる皆さま、いらっしゃいますか?いつごはんを食べたかな?何時間寝たかな?自分のことは後回しの日々を15年も続けてはいけませんね」と、自身の生活について説明。シングルマザーであることは知られているが、介護もしていたことを明かしている。
自身の性格を「私は抱え込むタイプなんです、、、」とし、「生活を見直したら、涙が滲んできました。余裕があるとないのでは、全然違いますね。余裕を持った子育てっていいものですね。というか、生活するのって楽しいことなんですね。ずいぶん私も病んでいました(笑)毎日幸せだと思っていましたが、いつの間にか疲弊していたみたいです」と真情を告白していた。

5日放送のフジテレビ系「直撃LIVEグッディ!」(月~金曜・後1時45分)では元同局アナウンサーの有賀さつきさんが52歳で亡くなっていたことについて伝え、有賀さんの父・洋さんを直撃した様子を放送した。
自宅前で同日、取材に応じた洋さんは、亡くなったのはいつ頃か?の問いに「1月30日の(午前)8時ちょっと前です。電話がありまして、病院から」と亡くなったのが30日の朝だったことを明かした。
続けて「2週間ほど前に、私が同道しまして入院して、いろいろ治療を受けたんですけど、1月30日に朝8時ごろ電話がありまして、亡くなったと。今日、我が家に私が戻りまして、それまでは彼女の自宅に孫がおりますので、一緒におりました」と話し、有賀さんの15歳になる長女に寄り添っていたことを語った。
さらに「不幸中の幸いですが、31日に通夜、1日に葬儀、密葬でございまして、皆さんに失礼ではございますが、すべてつつがなく終了いたしました」と報告。死因や病状については「はっきりした説明を受けておりませんので、本日改めて医師に伺おうを思っております」とし、「私も入院して退院、そろそろできるかと思って安心しておりました。全くの予想外でございました」と容態が急変して亡くなったことをうかがわせた。
洋さんは最後、集まった報道陣に「皆さん、本当に長い間ありがとうございました。本人に代わって御礼申し上げます。ありがとうございました」と語りかけ、悲しみをこらえ気丈に応対する姿が印象的だった。