マレー沖海戦(下) チャーチル絶句させた英不沈艦撃沈…「大艦巨砲」から「航空主兵」へ、先鞭つけたのは皮肉にも日本だった NO.2

マレー沖海戦(下) チャーチル絶句させた英不沈艦撃沈…「大艦巨砲」から「航空主兵」へ、先鞭つけたのは皮肉にも日本だった NO.2

 

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沈没するプリンス・オブ・ウェールズから逃げようとする乗組員

 一方、「プリンス・オブ・ウェールズ」は当初から反応が鈍かったために集中攻撃を受けることになり、たちまち2本の魚雷が命中して速度が低下する。

午後2時ごろ、96式陸攻の17機が到着したころにはすでに数本の魚雷と爆弾が命中していたらしく、火災を起こしていた。

傾斜は艦内に注水したため回復していたが、そのぶん艦の重量が増し、この時点の最高速度は自転車並みの8ノット。

そこに爆弾が後部主砲塔と艦尾に命中して航行不能になると艦尾から沈んでゆき、午後2時50分、姿は海中に消え去った。

艦隊を率いたトーマス・フィリップス大将は度重なる退艦要請を「ノー・サンキュー」と断り、艦と運命をともにしたといい、イギリスのウィンストン・チャーチル首相はのちの回顧録で、「これほど衝撃を受けたことはなかった」と述べている。

一方、日本側の損害は攻撃機3機のみという真珠湾以上の完勝だった。

ここに航空機で戦艦は沈められないとする考えは完全に覆され、この戦いを機に各国とも制空権の奪い合いを優先する航空主兵への転換を迫られることになった。   (園田和洋)

当時の国策映画 連合国との開戦以降、上映された洋画は同盟国のドイツや、ドイツに占領されたフランスものが主流に。邦画では日活が製作し、昭和17年3月から公開された「将軍と参謀と兵」の存在が際立つ。

 

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また松竹が昭和19年に製作した「不沈艦撃沈」は勇ましい題名とは異なり戦闘シーンはなく、真珠湾やマレー沖海戦に使われた魚雷の部品工場が舞台になっている。

10倍の増産を言い渡されて、目標を達成するまでの工員とその家族の姿が描かれているが、戦局厳しい時代にかかわらず、人間描写も含め、松竹お得意のアットホーム仕立てになっているところが面白い。

 

【歴史事件簿】マレー沖海戦(下) チャーチル絶句させた英不沈艦撃沈…「大艦巨砲」から「航空主兵」へ、先鞭つけたのは皮肉にも日本だった

マレー沖開戦に参加した伊58潜水艦