中国人「反日は犯罪行為だった…」

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反日は犯罪行為だった・・・


国民は友好国と仲良くすべし。
我が国は現在自立の道にある。
対内的には政治を改善し、文化を促進することで国力の充実を図る。
対外的には国際的信義を守り、共同で国際平和を維持し、近隣との良好な関係を特に要するものである。
中央は何度も戒めを加えており、我が国は友好国に対し良き態度で臨み、排斥や悪意ある言論行為をしてはならず、この目的のために、どの組織、団体も国交を邪魔してはならない。
特に禁令を重ねて言明する。
それぞれを適切に守ること。
もしそむくなら厳罰に処する。


上述の≪国民政府公報≫第176号令は国民政府が1935年に日本と締結した屈辱の≪何梅協定≫後に発布されたものだ。
日本が我が東北を占領し、我が華北を侵略し、我が同胞を殺したのは仕方がない。
だが中国人は反日、抗日をしてはいけない。
なぜならそれは友好国との親善を破壊する行為だからだ。
これは厳罰を受けるものであった。

もし国民政府が建前で言っているだけだと考えるのならそれは間違いだ。
「七君子事件」を知っているのなら、国民政府がまじめだったことはわかるだろう。
≪何梅協定≫はもっと恥ずかしいものだ。
日本人が反日抗日の国軍将校と政府の官吏を罷免することに応じ、それは平津両地の市長までもを含むものだった。


何梅協定(梅津・何応欽協定) -wikipedia-
梅津・何応欽協定(うめづ・かおうきんきょうてい、中国語名:何梅協定)は、1935年(昭和10年)6月10日天津の日本軍司令官梅津中将と北平軍事分会委員長何応欽との間に締結された協定である。