北朝鮮はなぜ核実験を自制したのか?


「Xデー」とされた25日の朝鮮人民軍創建85周年記念日、北朝鮮は懸念された6回目の核実験を行わなかった。「コリア・レポート」の辺真一編集長は、その理由を米韓両軍が今月末までの日程で行っている合同軍事演習にあるとみている。
「北朝鮮は、米軍のグレナダ侵攻、パナマ侵攻が頭にあります。演習からそのまま侵攻した。核実験をして、演習中の米韓両軍が一転本番で攻め込んでくることに恐れている。北朝鮮のこれまで5回の核実験は06年10月、09年5月、13年2月、16年1月、16年9月で、合同軍事演習が行われる3~4月は避けています」。
合同軍事演習に対抗して、25日に実施したのが38度線など最前線に配置されている長距離砲300~400門を使った過去最大規模の砲撃訓練だ。「いざとなったらソウルをたたくというデモンストレーションです」。
30日に合同軍事演習が終わると、再び危険度が高まるというのが辺編集長の見立てだ。辺編集長は「核実験は金正恩の決断待ちで、いつでもやれる状況です。北朝鮮は米国にとってのレッドライン(越えてはいけない一線)はICBM(大陸間弾道ミサイル)発射だと思っている。最後の段階にきた核開発をやめることはありません」と話している。
◆Xデーに戦闘機飛来し「戦争へ」
「あれは北朝鮮の戦闘機ではないのか? 本当に戦争が起きたんじゃないか」
ソウル・蚕室に住む大学生のキム・ミンギョンさん(25)は25日午前10時30分ごろ、耳をつんざくようなごう音に驚いた。ベランダに出てみると、戦闘機9機が真っ黒い煙と共に蚕室総合運動場の上空を飛行していた。驚いたキムさんがスマートフォンを開くと、ポータルサイトのリアルタイム検索ワードに「北朝鮮」が浮上しており、「北朝鮮の朝鮮人民軍創建記念日(4月25日)を迎え、韓半島(朝鮮半島)の緊張が高まっている」というニュースも出ていた。キムさんは「何か大変なことになっていると思い、マンションの1階まで駆け降りたところ、ほかの住民たちも一斉に集まってきて騒然となった」と話した。
この日午前、ソウル市内の江南区・松坡区周辺の警察署や区庁、国防部(省に相当)などには「あの戦闘機は何なのか」という問い合わせの電話が数百件殺到した。ごう音の正体が分からない市民たちは、ツイッターやフェイスブックなどソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)に「北朝鮮が武力挑発を仕掛けてきたようだ」「核戦争が起きたのではないか」などの書き込みが相次いだ。
市民たちを恐怖に陥れた戦闘機の正体は、韓国空軍特殊飛行チーム「ブラックイーグルス」の国産超音速訓練機(T-50B)だったことが分かった。今月29日に蚕室運動場で行われるソウル国際ホイールチェアマラソン大会の記念エアショーに向けて予行演習をしていたのだ。ブラックイーグルスは今月21日、空軍のウェブサイトやフェイスブックなどで「25日午前10時30分と午後3時の2回、ソウル・蚕室周辺で飛行訓練を実施する」と告知していた。しかし広報が不十分だったため、飛行訓練があることを知っていた市民がほとんどおらず、大騒動になったというわけだ。
空軍の飛行訓練の日程が不適切だったとの批判も出ている。25日は北朝鮮の朝鮮人民軍創建85周年記念日で、北朝鮮は同日、江原道元山で過去最大規模の火力訓練を実施したことが伝えられた。米国は北朝鮮の挑発に対する警告の目的で、最大規模の原子力潜水艦「ミシガン」を釜山に入港させた。よりによって韓半島に戦争の危機が迫っている状況で、あえて「Xデー」にエアショーのリハーサルをする必要があったのかというわけだ。江南区の高層ビル内のオフィスに努めるチョン・ジヨンさん(31)=女性=は「戦闘機を目にした社員たちは『9.11テロ(2001年の米同時多発テロ)』のような事態になるのではないか」と言って不安がった。国防部に電話で問い合わせたところ空軍の訓練であることが分かり、ようやく仕事に戻れた」と話した。
周辺の学校も一時騒然となった。蚕室運動場から約300メートル離れた貞信女子高校の教諭は「総合運動場の方からごう音が聞こえたため非常事態が発生したものと思い、授業を一時中断した」と話した。中間テストを実施中だった別の高校の生徒たちは「ごう音のせいでテストに集中できなかった」と抗議した。
市民たちは、事前にきちんと告知しなかった区庁やブラックイーグルスへの不満をぶちまけている。松坡区庁は初めから告知をしておらず、飛行訓練が全て終わった午後2時ごろに区庁のブログに「エアショーのリハーサル期間です」と書き込んだ。ソウル国際ホイールチェアマラソン大会の組織委員会は「国内外の安全保障状況が緊張状態にあり、一部市民が不安を感じているようだ。今後はより積極的な方法で広報し、同様の混乱が起きないようにしたい」と説明した。波紋が拡大したため、組織委は25日午後3時に予定していた予行演習を中止した。

Members of the Moranbong Band of North Korea arrive at Beijing International Airport before departing from Beijing, China in this photo taken by Kyodo December 12, 2015. REUTERS/Kyodo

◆朝鮮半島「Xデー」
北朝鮮の朝鮮人民軍創建85周年の記念日で、「韓半島(朝鮮半島)4月危機説」のXデーと見られていた25日、北朝鮮は6回目の核実験やミサイル発射は実施しなかった。その代わり江原道元山で長距離砲など300-400門を動員し、過去最大規模の火力訓練を実施したことが分かった。韓国軍合同参謀本部が明らかにした。
この日はトマホーク(巡航ミサイル)154発を搭載した米国のオハイオ級原子力潜水艦「ミシガン」(1万8000トン)が釜山港に入港し、北朝鮮の弾道ミサイルを迎撃できる米国のイージス駆逐艦「ウェイン・E・マイヤー」は韓国海軍と共に黄海で、武力誇示ともいえる共同海上訓練を実施した。韓半島近海に向けて北上中の米空母カール・ビンソンも27日ごろ東海(日本海)に到着し、韓国海軍と共同訓練を実施する予定だ。
米国は戦略兵器を相次いで韓半島近海に展開し、北朝鮮に対する軍事的圧力を強めており、中国も連日「さらなる挑発を仕掛ける場合、原油供給を停止する」「米国の北朝鮮に対する先制打撃を容認する」など、かつてない形で警告メッセージを発信している。こうした米中の圧力が北朝鮮の行動に影響を及ぼしているとみられる。韓国政府の消息筋は「北朝鮮も今月初めの米中首脳会談以降、米中の北朝鮮に対する圧力の次元と強さが確実に変化したこと感じているため、それを踏まえて行動せざるを得なかったのだろう」と述べた。
ただし北朝鮮が挑発というカードを完全に引っ込めたと見なすのは困難との分析もある。安全保障部局の関係者は「北朝鮮の核実験やミサイル発射はいつでも実施するのではなく、核・ミサイル技術の進ちょくに合わせて実施するものだ。戦略的な挑発は保留・中止したのではなく、一時的に延期しただけだ」との見方を示した。
◆新型ミサイル「地上で燃料に点火」
軍事アナリストの西村金一氏と聖学院大の宮本悟教授が25日、BS日テレの「深層NEWS」に出演し、北朝鮮で15日に行われた軍事パレードの映像に基づき、軍事力などについて分析した。
西村氏は「新装備も持ち、特殊部隊が近代化したと見せつけている」と指摘。宮本氏は、パレードで公開された新型大陸間弾道ミサイルと推定される兵器について「地上から燃料に点火して打ち上げるタイプのものではないか」と推測した。
◆韓国は「危機ボケ、危機不感症」
朝鮮半島情勢に詳しいコリアレポートの辺真一編集長(70)が、25日に放送されたTBS系の情報番組「ひるおび!」(月~金曜、前10時25分)に生出演。北朝鮮人民軍創建日であるこの日、日本海沿岸の元山付近過去最大規模の砲撃訓練を行うなど、一触即発の緊張感が高まる中、韓国からは危機を感じる声があまり聞こえてこないことに「危機ボケ、危機不感症ですね」と、皮肉を込め表現した。
朝鮮戦争が1953年7月に休戦して60年以上、「オオカミがやってくる、北朝鮮がやってくると言われつつも、毎度いつものパターン。不感症ですね」と、今回のような状態でも“オオカミ少年”状態で冷めていると指摘。「北より大統領選挙で浮かれているのが現実」と解説した。
同席した、共同通信の磐村和哉編集委員も「(韓国民は、北朝鮮が)核開発をしようが、同じ民族には使わないだろう。あれはアメリカ向けだ(と思っている)」と楽天的な考えが多いと補足。辺編集長は「日本も『平和ボケ』と言われていたが今回は若干違い(危機感を持って)ますね。(北朝鮮は核を米まで運ぶ大陸間弾道ミサイルの)ICBMを持っていないので、日本に飛んでこないとも限らない」と、予断を許さない状況は変わらないとした。