第1次ソロモン海戦(上) 作戦名「殴り込み」 ガダルカナル奪回狙い、得意の“夜戦奇襲”仕掛ける NO.1

第1次ソロモン海戦(上) 作戦名「殴り込み」 ガダルカナル奪回狙い、得意の“夜戦奇襲”仕掛ける NO.1

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ガダルカナルの飛行場。のちに「ヘンダーソン」と名付けられた

 

 昭和17年6月、ミッドウェーで主力空母4隻を失った日本海軍は、これから予想される連合国の反攻を食い止めるのと同時にオーストラリアの孤立化を狙い8月、南太平洋・ソロモン諸島の一角、ガダルカナル島に航空基地を完成させた。

だが、これに危機感を抱く連合国が派遣する1万9000の兵に占領される。

以後、兵と物資を上陸させる連合国軍。これに対し、基地の早期奪回に執念をみせる日本も攻撃機と艦隊を急行させた。

占領された飛行基地

オーストラリアとアメリカの間を分断したい日本は昭和17年春、第1段として珊瑚海(さんごかい)でアメリカと空母同士の決戦を行い、アメリカもだが、日本も相当の手傷を負ったために作戦を延期する。

続くミッドウェーで大敗するが、まだ互角に戦える力があったことから米豪分断の意欲は衰えてはいなかった。

空母の代わりにオーストラリアの東、フィジー諸島などへ進出するための航空基地をガダルカナル島に求め、8月5日に800メートル滑走路が完成する。

ところが7日午前5時ごろ、1万9000のアメリカ兵と航空機がガダルカナル島と対岸のツラギ島を強襲してきた。

アメリカもオーストラリアとの分断を恐れ、ソロモン諸島の占領を目標に作戦を立てていた矢先に日本軍の飛行場建設を知ると、すぐに奇襲に出たのだ。

対する日本は、この地域での連合国の戦略的価値は低いとみていただけにガダルカナル島には3000弱の兵と工員、ツラギ島などに至っては800しかいない。

このためアメリカ軍の猛攻に耐え切れず、守備隊は「機動部隊を含む上陸部隊出現」の電文を残して全滅する。

 

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そこに「是が非でも」とラバウルにいた軽巡洋艦の「天龍」「夕張」が参加を申し入れてきた。

いずれも老朽艦で性能も劣り、足手まといになるとみられたが、関係者の熱意にほだされて参加を認める。

報告から空母や巡洋艦など30隻が群がる中を、上陸阻止を第1目的に夜闇に紛れて護衛艦隊を突破したのちに輸送艦を襲撃する作戦だった。

だが日本側は主力艦、老朽艦が入り交じり性能はばらばら。

しかも練習なしの寄せ集め艦隊だけに緻密な艦隊行動も期待はできず、成功の確率も低いとみられていた。

そのためか、作戦名だけは「殴り込み」と勇ましい。

第8艦隊出動

午後2時半、「鳥海」と「夕張」「天龍」に、駆逐艦の「夕凪(ゆうなぎ)」を加えた4隻でラバウルを出港。

近海で「青葉」「加古」「古鷹」「衣笠」の重巡洋艦4隻と合流し、ガダルカナル島を目指した。

ラバウル飛行場からは空母攻撃のため零戦17機、一式陸攻27機、99式艦上爆撃機9機が出撃。

ガダルカナル島に向かうが、空母の姿はなく、しかもツラギ島でアメリカ戦闘機の待ち伏せを受け、戦果を上げることはできなかった。

 

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そのころ第8艦隊は、敵の潜水艦や偵察機などに発見されながらも、そのたびに偽装進路をとるなどしてソロモン諸島の入り口にあたるブーゲンビル島沖まで来ていた。

未明に出した索敵機や味方基地の報告などからガダルカナル島では30隻にも及ぶ輸送船を中心とした艦船が島の沖に群がり、兵の上陸や荷揚げなどのため、頻繁に上陸用舟艇の動いていることを突き止める。

さらに重要なことは、索敵機などから確認された敵艦船の内訳が、戦艦とみられる大型艦1隻、巡洋艦4隻、駆逐艦9隻で、空母が1隻もいないとわかったことだった。

実は、午前中に受けた日本軍の陸攻の空襲に零戦を伴っていたことを重要視したアメリカ機動部隊のフランク・J・フレッチャー中将が近くに日本の空母が潜んでいると誤認し、撤退していたのだ。

これで空からの攻撃はないとみた三川中将は午前11時に突入の決意を固め、連合艦隊司令部宛に「二〇三〇時頃ガダルカナル泊地に殺到、奇襲を加え…」と打電。静かにソロモン海域に入っていった。

突然の閃光(せんこう)と雷撃

 

炎上するオーストラリアの重巡「キャンベラ」

 

【歴史事件簿】第1次ソロモン海戦(上) 作戦名「殴り込み」 ガダルカナル奪回狙い、得意の“夜戦奇襲”仕掛ける

ガダルカナルの飛行場。のちに「ヘンダーソン」と名付けられた