プリンセスプリンシパル:第11話『case23 Humble Double』感想

櫛の歯を折るように消えていく仲間、壁越しの嘘にへし折られる決意、義と情の間で揺れ動く十重二十重の入れ替わり(Changeling)。
プリンセス暗殺指令と植民地軍による王国転覆計画が同時並走で進行する、プリンセスプリンシパル第11話です。
Caseの方も23話とクライマックス直前、複数の嘘と本当、公益と私情の入れ替わりが入れ違う、なかなか複雑なエピソードとなりました。
政治情勢が加速する中で、二人のプリンセスの関係性も熱を高めていましたが、二人の生死は、そしてすれ違った思いのゆく果てがどこにたどり着くのか。
スチームパンク・ポリティカルラブロマンスのクライマックスとして、世界を動かす蒸気をしっかりと温めるエピソードだったと思います。

というわけで、軍上層部から下されたプリンセス暗殺指令……と、植民地軍によるクーデター計画が同時並列で走る今回。
ここまではプリンシパル内部に限定された、比較的狭い状況で進んできただけに、国家レベル・組織レベル・個人レベルの入れ替わり作戦が同時並列で走っている今回は、なかなかに混乱します。
それぞれのレベルの思惑が、それぞれを誘導し、あるいは阻害している関連性の強さが、混乱に拍車をかけていますね。
なので、書きながらまとめていきましょう。


まずいちばん大きなレイヤーとして、王国が踏みつけにしている植民地が計画する反乱があります。
女王をぶっ殺して、おそらく普段の言動からして開明派(あるいは扱いやすい神輿)とみなされているプリンセスと入れ替える、国家レベルのチェンジリング計画。
これを主導しているのが、共和国の出先機関であるコントロールであり、これだけの大規模強権策に出ているのはアタマが軍にすげ変わったからでしょう。
Lからジェネラルへと『父』が変わったことは、アンジェ個人のレベルで葛藤を与えるだけではなく、それを取り囲むコントロールという組織、アルビオン王国という国家への対応も、根本的に変えるものである。
個人としての情に従い組織の監視を抜け出した果てに、それよりも更に大きな国家という檻、それをぶち壊すためのクーデターに繋がるのは、皮肉であり正しい描写だとも思います。

第3話冒頭のやり取りからして、シャーロット=アンジェは私人としての情を強調し、『白い家』に二人だけで逃げることを主張していた。
アンジェ=プリンセスはこれに対し、世界を覆う抑圧の壁を取り払い、より公的な善を達成しなければ逃げることは許されないと切り返す。
壁越しのお別れはあの段階で約束されていたものであり、10年前の革命でバラバラにされた王女と乞食が流れ着くべき、必然の離別だったわけです。

王女として本当の公益に殉じ、愛するものに背を向け不退転の闘争に飛び込む足場を与えたのが、ゲロ吐きながら必死に演じてきた『嘘のプリンセス』としての生活であり、緑色の美しい少女時代に交わした『本当のプリンセス』との約束であるのは、なかなか複雑ですね。
プリンセス=アンジェにとって、偶然が追い込んだ王家という檻は死ぬほど窮屈(『涸れ井戸に身を投げて自分を消滅させる』つもりだったアンジェ=シャーロットと同じ感想)な『嘘』だったが、同時にその立場が貧民街……国家が繁栄のために踏みつけにしているものから生まれた自身の『真実』と混ざりあい、『壁のない国家』という理想を抱く土台にもなった。
10年間演じ続けたスパイという『嘘』を、アンジェ=シャーロット(とドロシー)が貫けなかったのとは真逆に、プリンセス=アンジェは王女という『嘘』を演じ続けるべく、クーデターの神輿になる(かも知れない)。
これまで黒蜥蜴星人を任じ、柔らかな心を『嘘』で守ってきたアンジェが、プリンセスが涙とともについた『真っ赤な嘘』で遠ざけられてしまうのと、面白い対比だと思います。


ここまでたっぷり描写されてきた、スチームパンク・ロンドンの矛盾。
労働者階級を地獄に追い込み(第6話・第7話)、途上国との不平等な関係を当然視し(第5話)、そこからうまい汁を啜る上流階級の一部は腐り果てている(第9話)状況を思い出せば、植民地軍のクーデターは必然とも言えます。
第5話でノルマンディー公が危惧し、藤堂十兵衛による巻き添え暗殺を許容した事態が、現実のものになったわけですね。

植民地軍が何を企んでいるか、彼らを踊らせてコントロール(共和国軍)が何を狙っているからは、乗っかった大きな舞台が回る次回、説明されると思います。
ただまぁ、現状並べられている材料からも結構推測は出来るし、色々納得も行くって感じ。
コントロール主導でクーデターを遂行するなら、プリンセスとアンジェを入れ替え、シンパどころかスパイ本人を国のアタマに据えてしまえば、不安要素無しで目的は遂行されると読んだかな。
その挿げ替えるアタマが、見た目よりコントロールに忠実ではない……どころか、世界全部とプリンセスを天秤にかけても惜しくない愛の人だったと知らないのは、なかなか皮肉です。
全てを知り、全てを嘘で覆い隠すはずのスパイという職業が、どれだけ不完全で人間らしいかをずっと書いてきたからこそ、コントロールはここまでプリンシパルが、ふたりのプリンセスが気づきあげてきた秘密の感情を掘り下げ、知ることはない。

盤面全てを握っているように見えるコントロールも、それを読み切って内務庁軍を呼び戻したノルマンディー公も、当然全知でも全能ではない。
スパイ活動はあくまで人間がやるもので、例えばノルマンディー公と現場を繋いでいるガゼルが『植民地出身の兵士』だったり、不安要素はそこかしこにある。
国家を舞台にした巨大なクーデター・ゲームの行く末は、そのままプリンシパルを簡単に分断したコントロールという組織、その内部で魂がきしみを上げる少女たち個人の運命に、大きく関わってきます。
プリンセスの知らない場所で進行していた巨大な計画ですが、プリンセスの望む『壁の破壊』という理想と重なっているのも、なかなかに複雑。
来週大きなうねりを見せるだろう、反逆計画の行く末に油断がなりませんね。


さて、そんな国家レベルのうねりとはまた別のところで、大きくうねるコントロールという組織。
Lが更迭され、ジェネラルを頭とする軍主導に切り替わったのも、クーデター計画という大きな指し手を成功させるために、現場で血を流すスパイを握り込んでおきたかったから。
ロンドンに生きるあらゆる人と同じように、巨大な装置に組み込まれつつ個人の幸せを夢見てたスパイたちは、巨大なうねりを前に為す術なく、バラバラに引き裂かれていきます。
ここでも『ドロシーからゼルダへ』『プリンセスからアンジェへ』という『入れ替わり計画』が進行していて、面白い重ね合わせです。
Zeldaの頭文字がZ、アルファベット最後の文字であるのが、クライマックス感をひっそり高めていて好きな言葉遊びですね。

第2話でプリンセスと再開することで、アンジェは10年演じてきた『非情なスパイ』という仮面を外し、ただ一人の女の子を心から愛する『人間』に戻ったわけだけども、その出会いを成立させたチェンジリング計画(スパイの本分)を保留にし、仲間たちと瑞々しく青春していたツケが、このタイミングで襲い掛かってくる、と。
ここまで世界の非情さと、仲間たちとの暖かい日々との間で揺れていた物語は、今回一気に『公』の領域に舵を取ります。
王国と外国の開戦(王女とノルマンディー公の会議が『戦勝祈願祝典』であることに注目)から共和国側のクーデター支援、プリンセス暗殺と入れ替わりと、非常に大きな場所で倒れたドミノが、プリンシパルの小さな幸せをあっけなく切り崩す。

そこら辺の容赦の無さは、私的領域の暖かさを優しく楽しませてくれたのと同じ、このアニメに特徴的は筆です。
ここまでプリンシパルには直接襲いかからず、その『父』(第5話、第6話)やよく似たスパイたち(第1話、第10話)に振り下ろされた残酷さが、主役を的にかけた時、『主役である』という物語的庇護は一切役に立たない。
それはこのアニメが背景として、あるいは主題として取り扱ってきた世界の残酷さに、凄く誠実な対応だと思います。
あっけないけども、あっけないのが良いというか。
第7話とか第9話で、コメディ調で立ち向かい、勝利すら出来ていた『透明な壁』が、本気を出して主役を押しつぶしに来た時の、ジャガーノートのような質量。
そこに嘘をついてしまうと、世界を相手取って『嘘=理想』を吠え続けるプリンセスの覚悟が、揺らいでしまうわけだしね。

プリンシパルの解体、プリンセスの暗殺という組織レベルのうねりは、クーデターによる王国打倒という国家レベルのうねりに繋がっています。
更に言えば、組織の思惑はアンジェの、プリンセスの思い……ドロシーいわく『スパイである以前に人間』である一個人の思いを燃料に、思わぬ方向にねじ曲がっていく。
激しく対立し、これまで幾度も死体を作ってきた『公』と『死』は相互につながって、影響を及ぼし合っているわけです。

現状『公』の代言者であるゼルダに良いようにコントロールされているわけですが、こっから大逆転があるのか。
悪しき『公』の束縛と重圧を抜け、『人が人として、人らしくあり続けられる場所』へと少女たちはたどり着けるのか。
不気味に身を潜めている更迭後のL,あるいは分断されたプリンシパルの仲間。
秘められた可能性を巧く使って、より良い結末にたどり着けると良いのですが……。


そして巨大な装置の蠢きを描きつつも、あくまでこのアニメは一個人の熱情、人間が否応なく背負ってしまうカルマを燃料に、お話を進めていきます。
少女たちの感情は様々な場所で交わっていますが、それはスパイらしく『嘘』で固められている。
あまりにも無防備に、仲間を殺すことへのためらい、人間の証明を吠えてしまうドロシーの危うさを、アンジェは鉄面皮を繕って受け流す。
そこで漏れ出た『プリンセスを殺したくない』という本音は共通なんだけども、スパイとして生きてきた10年間がシャーロットを作り変えて、『嘘しか言わない黒蜥蜴星人』に変えている。(ここら辺、プリンセスの『嘘』が真実になる過程と重なっている)
感情の根っこに触れる熱量を前にしても、顔色一つ変えず状況を進めていける冷静さは、第11話で委員長を前にしたときとそっくりです。
それでも、ドロシーに「ありがとう」と言ってしまう綻びが、危うくも愛おしいわけですが。

ドロシーはアンジェの仮面を巧く見抜けず、すれ違ったまま舞台袖に引っ込むわけですが、同じく去っていくちせはアンジェの脆さを見抜き、手助けを切り出します。
ここら辺は第4話、第8話でプリンセスの仮面を剥ぎ取り、その奥にある必死さを見抜いたのと同じ、武人の心眼ですね。
『嘘』をつくのが当たり前の世界で、思えばちせはずっと真っ直ぐだったし、それが高じて第9話の決闘に至ったりもした。
あの騒動を経て、リリちゃんがプリンセスと仲良くなる未来が引き寄せられたのなら、ただ微笑ましいだけで済んだんですが……状況は学園ののんきな青春を一気に飛び出し、生きるか死ぬかの愁嘆場だからなぁ。

古川公に呼び戻されたちせは、王国と共和国の間で利害を見定める弱小国家、明治日本という『公』に仕えています。
それは実の父親を斬り殺し、その痛みを全然効かない『いたいのいたいのとんでけー』の魔法で誤魔化さなければならないほど、強烈なものです。
しかし同時に、ちせがプリンシパルの友人と過ごした日々に愛着を持ち、一宿一飯の恩『義』以上の感情を覚えていることも、容易に見て取れる。
迷える黒蜥蜴星人の真意を見抜き、手を差し伸べようとしてくれたちんちくりんの日本人もまた、『公』と『私』……だけではなく、プリンシパルという英国的『公』と祖国日本への『公』で揺れているわけです。

そこから彼女がどう動き、何を決断するのか。
作中最強の武力が介入することで、クーデーターや暗殺計画という巨大な装置が、どう歯車を狂わすのか。
最終話に向けて、かなり楽しみな部分です。
ほんとちせ殿の武力はブッチギリインチキだからなぁ……状況が逃げ場なしになっても、全部切り裂いて出口を作ってくれそうな信頼感がある。
……というか、全て切り裂いて女の子たちを幸せにしてやってくださいホント……。


そんな風にプリンシパルの仲間を描きつつ、話の真ん中にいるのはプリンセス=アンジェであり、アンジェ=シャーロットです。
今回軸になっているのはやはり、幾度も『入れ替わり』を経験したふたりのプリンセスであり、彼女達と奇縁で繋がった仲間であり、その間に広がる裂け目と情愛の架け橋になります。
一個人では抗い得ない巨大な『公』がうねるこのタイミングで、もう一度アンジェとプリンセスの間にあるギャップを確認し、情だけで生きるわけにいかない人間のやるせなさ、より広い場所に飛び込んでいく高潔さを作品に取り込んだのは、凄く良いと思う。
女の子二人のお話、ともすれば『情』が全てを凌駕する凄くクローゼットな物語になるんだけども、そんなものではどうにもならない巨大な『義』に立ち向かわせることで、『情』が持っている真正さ、人間存在を根本的に揺るがす爆発力も、より正確に描けるわけでね。

10年前、二人が無邪気な子供でいられた時代を再演するように、アンジェはプリンセスの手を取って逃げ出す。
『良き希望』へと繋がる道はしかし、状況を根本的に変えるものではなく、むしろアンジェとプリンセス、スパイと王女が置かれた立場、大切にする価値の差を浮き彫りにする。
ドタバタした入れ替わり、いつもの痛快スパイアクションの果てに、壁越しの拒絶を突きつけられて立ちすくんでしまうアンジェの姿は、『嘘』を自在に操る黒蜥蜴星人ではもう無い。
ちせがアンジェの仮面を貫通した眼力はアンジェにはないので、壁越しの涙、プリンセスの真意を感じ取れない所が、なんとももどかしく愛おしい。

プリンセスがアンジェを拒絶した言葉は、当然彼女の命を守る『嘘』なんですが、一部本当も混じっている気がします。
第3話冒頭で演じたアンジェの『私』とプリンセスの『公』の対立は、今回再演され二人を切り離す。
愛していればこそ、あの出会いが特別だったからこそ、緑色の幼年期に託された『壁のない世界』という理想……呪いがプリンセスを支えている。
玉座から転落し、スパイとして生き続けた日々はシャーロットから高貴な義務を奪い、一個人が一個人としてただ生き続けることが幸せだという、閉鎖的な解決策にたどり着かせる。
それもまた、ただプリンセス一人の命と幸福を願い、愛しているから。
思いの色彩は同じように暖かなのに、だからこそ離れていく二人の姿は、どうにも痛ましく、それでいてこのアニメが描いてきた世界の残酷な真実を巧く反映していました。

スパイは騙して殺しますが、私欲を満たす犯罪者ではなく、国家の利益にその身を捧げる公僕でもあります。
そういう意味では、王女を傀儡に国家を運営しているノルマンディー公や、明治日本の外交を背負って異国で頑張る古川公と、プリンシパルは変わらない。
しかしスパイは上に抗弁する機会を与えられず、ただただ命令を飲み込み、殺し、騙し、死ぬことを要求される。
そこら辺の軋みが前回委員長を殺したから、ドロシーは『私はスパイである以前に人間だ!』という真実……それを言ってしまえばスパイという巨大な『嘘』が破綻する本音を吠えてしまったのでしょう。

アンジェは第1話で見せたようなクールな殺人機械としての振る舞いを、ずっと続けてきました。
しかし心の底では、国家という巨大な『公』に奉仕するつもりはさらさらなく、プリンセスと再開してからは『私的』なロマンスをコントロールに隠したまま、スパイを続けていた。
優秀なスパイのように見えて、その実『公』と『私』のバランスを一切取れず、危うい場所で揺れていた存在……橋の欄干で踊ったプリンセスの同位体
その矛盾と本音をさらけ出したのが、第3話のバルコニーであり、今回の『良き希望』だったわけです。

アンジェが背中を向け、責務を投げ捨てて遠ざかろうとした巨大な装置。
国家であり、社会であり、組織でもある『それ』に、プリンセスは背中を向けません。
彼女の興味が公的領域の改善、コロニアル・アルビオンを維持する上で当然視されている性・国籍・身分差別の克服にあるのは、例えば第7話での少女的経営物語や、第11話での決闘への対応、異国人であるちせや機械人間であるベアトとの交流などからも、強く感じ取れます。
アンジェが差し出す『白い家』への誘惑を蹴り、壁越しの赤い嘘で遠ざけたのは、これまで彼女を描いてきた筆致を裏切らない、必然的な描写なのです。

しかしでは、『公』に背中を向けすべてを捨てて『私』に生きようとするアンジェ=シャーロットの生き方は、間違っているのか。
10年間スパイとして、『公』の残酷さ、その巨大さを前にした個人の無力さを思い知ってきたからこそ、『立ち向かわず逃げる』という現実的な選択を差し出したのは、弱くはあるが人間的でもあります。
洗濯工場の女たち、ファームで席を同じくした委員長、あるいは大義に準じた藤堂親子。
自分と似た境遇の無力な個人に心を寄せつつも、あくまであまりにも特別なたった一人のために、スパイを続け、組織を欺きいてきた少女。
プリンセスの前でしか、黒蜥蜴星人の仮面を外し、『スパイである以前に人間』である柔らかさを出せない、不器用な女の子。
そんな彼女が必死に差し出した解決策は、やっぱり尊いものだと思います。

その上で、プリンセス=アンジェが『公』にしがみつき、逃げないことを選んだ約束=呪いは、他ならぬプリンセス=シャーロットがかつて口にした願いから生まれていることを、忘れてはいけないと思います。
あまりにも世知辛く、巨大で抗いようのない社会というジャガーノート
スパイとして、使い捨ての歯車としてそこに組み込まれた10年間で、プリンセス時代の夢は遠くに言ってしまったけども、『公』を変化させようと望んだ思いは、プリンセス=アンジェの中で生きている。
チェンジリング計画で入れ替わっている/共有されているのは、名前や外見、立場だけではなく、その魂の高潔さ、目指すべき理想もまた、同じことなのです。

アンジェ=プリンセス=シャーロットは、カサブランカに通じる『良き希望』を拒絶され、扉越しの嘘を見破れず、足を止めてしまいました。
しかしその奥にある真心、『公』に向かい合う強い思い、そして何よりも、シャーロットのことを心から愛し、だからこそ離れたアンジェの愛は、そこに確かにある。
黒蜥蜴星人のように『嘘』に『嘘』を重ねて、『王女を殺して入れ替わったスパイを演じる、王女を演じてきた乞食という複雑極まる入れ替わりの中で、クーデターの神輿となる事になったアンジェ=プリンセス。
そんな彼女の悲壮な決意の奥にある、緑色の真実に気づき、陰謀と悪意を乗り越えて真実にたどり着くのが、アンジェ最後の物語になって欲しいと、僕は強く願っています。

そこにたどり着くことが無条件に幸福を連れてくるわけではないけども、一個人が一個人として、尊厳と自由を握りしめて生きていける場所を目指して。
10年前にすれ違い、蒸気の国の最上層と最下層、それぞれに適応した10年間を魂に刻んできた女の子たちが、真実求めるものを掴み取るために。
女王陛下のスパイたちが最終話、気持ちよく活躍してくれることを、僕は強く望んでいます。
乗り越えるべき障害は大きく、それを前に無力であることも幾度となく描かれてきたけども、それでも。
あの子達には幸せになって欲しいと、ずっと思ってきたし、都合のいいハッピーエンドってやつを、今すごく強く求めている。
最終話が楽しみです。


というわけで、スパイと女王の感情を巨大な装置の中で再度照らし直し、二人の間にある断絶と愛を確認するエピソードでした。
彼女達のあいだにあったすれ違いは、これまで何度も描かれてきたものだし、それが致命的にならざるをえない社会からの圧力もまた、様々な様式で描写されてきた。
二人のプリンセスの数奇な運命と、残酷な現実と、それでも失われない愛を追いかけてきた物語にふさわしく、このアニメは彼女達二人と仲間の物語として終わりそうです。
『公』の残酷さを思えば不安だし、プリンセスが背負おうとする『公』の光、そこに体温を宿す『私』の愛を思えば、より善い終わりを期待もする。
非常に楽しみです。

余談ですが、『前戯めいたいつもの活激、そこに秘めた思い、過ぎ去りし美しい日々の再演、真実の吐露と死』という流れは、前回委員長とドロシーが走った道のりと重なっています。
あの時は真っ白な雪が全てを覆い尽くし、一個人を超えた巨大なシステムに女たちは抗えないまま、死の岸まで押し流されていったわけですが、今回は2話に分割され、無力さを確認するところで話が次回に引きました。
雪のクリスマスを再演しつつ、少し雪解けの気配が見え隠れする美術からは、委員長とドロシーの哀しい宿命とは違う物語が、二人に用意されていると。
僕としては思いたいところです。

あの時の委員長とドロシーが着なかった、赤い衣。
スタンダールを引用すれば『軍事力』、当然クーデターの『血』の暗喩、あるいはサンタクロースの衣装(これは元々緑色ですが)。
『真っ赤な嘘』であり、嘘偽りのない『赤心』とも使われる矛盾する色が、今回印象的に使われていた意味を反芻しつつ、次回を待ちたいと思います。
真っ赤なサンタが持ってくるのは、幸福の詰まった袋であり、残酷な世界の現実を乗り越える理想であると祈りつつ。
最終話、とても楽しみですね。