活撃/刀剣乱舞:第11話『鉄の掟』感想

比翼連理のつがいといえど、溢れる思いはすれ違う。
切っ先をお互いの心臓に向け合う愁嘆場、振り下ろした刃が切り裂くのは血と肉か、迷妄と愛着か。
新兵・堀川国広の魔境が炎の中で更に広がり、それに魂の兄弟・和泉守兼定が引きずられていく活撃刀剣乱舞、第11話です。

お話としてはクライマックスの決断に向け、アクターそれぞれの心情と過去を掘り下げていくタメ回。
国広が登場しない前半に、兼さんのみならず陸奥守や蜻蛉切、それぞれの『かつての主』『今の仲間』への感情を手際よく掘り下げつつ、兼さんと国広が共有する因縁、土方歳三の生き死にに切り込んでいく感じでした。
そこから薩摩藩邸炎上、炎を背にした対峙とすれ違いを経て、兄弟刀相打つ土壇場でヒキ、と。
国広だけではなく兼さんも迷いの中にいることがはっきり描かれて、未だ至らぬ第二部隊の有り様、そこを乗り越えてこそ生まれる可能性への想いが、より強くなる話だったと思います。

今回は土方佩刀の二人と、時に彼らの迷いに寄り添い、時に彼らとは違う立場から光を当てる陸奥守が、強くクローズアップされる回でした。
現在進行形で二人が迷っている『元の主』への思いを、身を切るような痛みを込めて振り切った先達として。
あるいは勤王と佐幕に陣営を変え、武士の時代を終わらせた男の愛刀として、客観的な立場からの意見を口にする仕事を、しっかり示していました。
仲間が大事で、自分自身も武器なのに、人が命を奪い、奪われる場面にどうしても耐えられない優しさと弱さ。
陸奥守を側に置くことで、苛烈な規律によって維持されていた戦闘集団・新撰組の血を継ぐ二振りの生き様が、より際立っていたように思います。


物語が始まったときから、兼さんと国広はとても良いコンビでした。
熱血漢で堅物の兼さんは、頭が固くて不器用で粗忽者。
人当たりが柔らかく、気持ちを言葉で伝えるのが巧い国広がそれを上手く補い、急増の第二部隊が『仲間』になっていく様子は、このアニメの中核とも言えます。

以心伝心、一心同体、比翼連理。
思い返すと、作中のキャラクターも僕ら視聴者も、その心地よさに安住してしまっていた感じもあります。
蜻蛉切さんも後悔していましたが、例えば第6話で国広が見せた度量の大きさ、迷える兼さんを心配して手をつくし、信頼してじっと待つ安定感が、意志を持つ生命として当然持つ震えを、覆い隠してしまったのではないか。
『国広の考えていることは全部判るし、俺の考えていることも国広は先刻承知だ』と言い切れるほどの絆の強さが、打刀と脇差、本来別物だからこそ天命を果たすことが出来る兄弟刀の宿命を、忘れさせてしまったのではないか。
そういうことを考えさせられます。

市村鉄之助和泉守兼定を預け、函館から退去させたエピソードが今回引用されますが、これにより戦場から離れた兼さんは、土方の死に目に会えていません。
生き別れる辛さと、死を看取る辛さは当然天秤にはかけられませんが、どちらが重たいという話ではなく、それは別のもの。
兼さんとも仲間とも離れ、闇の中で自分を見つめる中で、国広はその差異を強く感じたのかもしれません。
そして同時に、離れてもなお一つになりたいという強い想いが、自分の中にあることも。

薬研くんも『俺にもある』と認めた、『元の主』の悲惨な運命を変え、生を全うさせたいという願望。
国広が使命に背中を向ける理由になった思いを、兼さんもまた共有しているからこそ、あの涙が出た。
それは本当のことなんですが、その想いと使命を天秤にかけた時、本丸と審神者に背中を向けるという国広の決断を、兼さんは指示できません。
それは兵として本丸に仕えた時間の多少が産んだ差であり、第二部隊隊長としての責務が重石となっているからでもあり、また『和泉守兼定が理想とする土方歳三』はそういう選択はしなかったから、でもありましょう。
刀を振るう主と、振るわれる刀は別々の存在であり、客観性が必然的につきまとうからこそ、各々の使命を果たすことが出来る。
その時それぞれが別々の存在であることは、尊ぶべき価値であり、健全な関係性を支えてくれる足場でもあります。

陸奥守に言われるまで、『俺が国広のことを一番良く知っている』という驕りにハマっていることに、兼さんは気づけません。
それどころか、死に目に会えなかったわだかまりを今でも抱え込み、それが溢れ出て涙となった自分自身の心理にも、兼さんは踏み込めなかった。
それは兼さんが未熟だとかバカだとか、そういう話ではなく、自分から切り離された他者があって初めて、人間は己を知り、他者を知ることが出来る、ということなのでしょう。
鏡に映さなければ自分の顔は見えず、主観的な思いをダイレクトに受け止めないからこそ、かえって真実が見える瞬間がある。
強すぎる思いの霧を晴らし、己の、仲間の真意を映し出す鏡として、陸奥守の役割は今回、とても大きいと思います。

陸奥守がカウンセラーと探偵を兼ねてくれるおかげで、兼さんは自分にはない見識を手に入れ、心を整理することが出来る。
これはこれまでの物語で、国広がやってくれてきた仕事そのものです。
別々だからこそ、気持ちがわからないからこそ、人は愛する人に寄り添おうと歩み寄るし、足らない部分を補おうとする。
戦場で、あるいは穏やかな日常の中で、時に対話し、時に衝突して関係を善くしてきた足場が、今回は別の形に崩れかけているわけです。

しかし一旦崩したからこそ、普段は見えてこない真実も顕になる。
『以心伝心のいいコンビ』と関係を固定し続けていたら、二人の立場の違い、思いの差異は封じ込められてしまっていた。
それを気づかないまま任務を続ければ、より致命的な形(例えば国広が仲間に接触しないまま思い詰め、時間遡行軍となってしまうとか)で断絶が顕になったかもしれない。
ここでわざわざ国広が薩摩藩邸に姿を表し、兼さんと対話したのは、彼の心のなかにまだ『あなたと分かり合いたい』という気持ちがあるからでしょう。

むしろその想いがあればこそ、兼さんが気づかないままの後悔と痛みに、当人よりも敏感に気づいてしまう国広の鋭敏さがあればこそ、国広は兼さんの代わりに忠義に背中を向けた。
ぴっちりと寄り添った二人の関係は気づかぬうちに拗れ、こんがらがってしまいましたが、しかしそこにはお互いを思いやり、より善い真理へと相棒を導こう、その気持を判ってもらいたいという願いがある。
兼さんが構えた刃が、もつれた思いの糸の中にある真心を活かしたまま、巧く迷いを切り払う一刀になってほしいもんだと思います。


兼さんにとって、土方歳三は情よりも掟に生きる『鬼の副長』です。
それは第二部隊のリーダーとしてのロールモデルに、土方歳三を選んでいることからもわかります。
『鉄の掟』を最優先に、命を救いきれないやるせなさを押し殺し(きれずに思いっきり暴発させ)、戦闘集団を率いる背中に憧れたからこそ、『俺も土方さんみたいになるんだ』と、若き市村鉄之助のように願ったからこそ、僕らの好きな不器用で誠実なリーダーが居る。

声に対し、間近に土方歳三の命が取り返しようもなく消えていくのを、その手の中で為す術なく体験してしまった国広としては、『鬼の副長』は虚像……とまでは行きませんが、最優先ではない。
『生命』を投げ捨てても『使命』を果たそうとする『武士よりも武士らしい生き方/死に方』という史実は、堀川にとっては『本当の生き方』ではなく、歴史を捻じ曲げることでその虚偽を粉砕し、より『本当の生き方』に戻そうと、彼は覚悟したわけです。
それはやっぱり時間遡行軍と同じ決断であり、燃え上がる薩摩藩邸、その下敷きになった『命』を顧みない非道に近づく決断でもあります。

第1話での兼さんを思わせる、童女の救出。
『命』を踏みつけにせず尊重したいという思いはあれど、刀剣男子としての異能を自分の願いのために使うことは、結局『命』を踏みにじることになる。
国広の矛盾は、己への過信……兵士としての経験の薄さが生み出すものなのかなぁ、と少し思う。
無敵のエリート超戦士として書かれていた第一部隊も、こういう迷いや危うさを乗り越えてあの市まで行ったっぽいわけで、過去に第一部隊が乗り越えた問題に、現在進行形で土方組は向かい合っているのかな、と。
そうして考えると、やっぱアクセントとしての第7話・第8話は面白い仕事してるなぁ。

国広の尊大さは他にもあって、彼は土方歳三の『本当の生き方』、和泉守兼定の『本当の願い』を、他人が決めてしまう傲慢さ、分のはみ出し方を自覚していません。
それは彼が、(不器用頑固者の兼さんとは違って)『解ってしまえる』男だからこそ、生まれた驕りな気がする。
個人の心情、それがぶつかりあって生まれる衝突の間に分け入って、言葉と行動を使って問題を解消するのが巧い『他人の気持ちが判る、優しい少年』だからこそ、自分の感じた想い、尊いと思った生き方が唯一の正解だと想いこんでしまう危うさから、なかなか抜け出せないのではないか。
ここまで第二部隊を繋いでくれた国広の優しさが、ここに来て仇になるのはなかなか意地悪な作りですね。

武士の時代が終わり、命を永らえたとしても『武士よりも武士らしく』は生きられない、幕末という時代。
死を運命づけられた土方歳三が、どう生きれば幸せなのかという問いに対し、国広は『違う人生』『本当の生き方』を提示します。
『生命』さえ守れば、『使命』や『天命』などなくても生きていける。
『運命』は書き換えることが出来るし、死ぬべき定めは捻じ曲げてしまってもかまわない。
しかしそれは、刀剣男士が持つ超常的な力を前提とし、理不尽に振り回されつつ、未来を知ることなどなく決死に生きた『普通の人間』の生き方を否定する考え方だと思います。

『鬼の副長』であり、『本当は優しい人』。
兼さんと国広の証言だけ拾っていくと、土方歳三という人格は矛盾しますが、回想シーンを見ているとそれが矛盾ではないことは容易に伝わってきます。
新撰組という組織、果たすべき任務に最後まで命を賭し、『武士よりも武士らしく』死にきろうという生き様と、武士が終わった時代に若い命と、新撰組の物語を残そうと『己の命の半分』を託す姿は、矛盾なく同居できるわけです。

例によって例のごとく、命の光と死の闇が入り交じるレイアウトの中で、最終的に土方は月光に向かい合う。
それは陽の光とは違う、青白い終わりの炎なわけだけども、そこで命が燃え尽きるからといって、土方歳三という武士が命を終えるわけではない。
理想に向かって最後まで走りきること、終わることでつまらない終わりを乗り越え使命を果たしきるという『生き方』に向かい合ったからこそ、土方歳三は月光に身を浸したのではないか。
そしてそういう、生死と幸福の境界線がとても曖昧な、理屈と言葉では切り分けられない濃厚な『生き様』の瞬間を、国広も兼さんも一瞬、忘れてしまっているのではないか。
回想シーンからは、そういう印象を受けました。


一回こっきりの人生を必死に生きるしか無い定命の人間にとって、『違う人生』などありえない。
その裂け目を見落とし、時間の流れから取り残された己の方法を土方に適応しようとする国広は、異質性の忘却……器物が人の形を取っている『怪物としての刀剣男子』への忘却がある。
自分は(というか人間全てが)必然的に差異を孕んだある種の怪物であり、その異質性があればこそ己が己として存在できていることへの認識が薄れてしまっているのは、国広がとても優しく、共感性が高い『人間らしい子』だからこそかもしれません。

これまで描かれたように、親しいこと、近いことはとても良いものなのですが、そこに溺れ過ぎれば距離感を見誤り、自己と他者の間に必然的に存在する境界線を踏み越えてしまう。
それは第三話で陸奥守が浪士と語り合い、『自分は思い違いをしていた。浪士というかつての敵は、自分と同じ思いを持つもう一人の自分であり、違うからこそ尊い他者だった』という結論に至ったのとは、正反対の迷妄です。
違うからこそ、相照らし合うことが出来ることの意味を、あの場にいた国広も共有していると思うんだがなぁ……今回の話がキツイのは、国広も兼さんもここまで描かえた『自分』を見失って、より善い状況を切り開けるはずの武器の使い方を忘れちまってるところだよなぁ……。
人間(と、それによく似た刀剣男子)が生きていくというのはそういう迷いと付き合っていくことであり、そこを踏みしめて初めて己を見つけ、天命を為すことが出来るって話なのは、重々承知ですが。

兼さんが陥っていた、近すぎるからこそ見えない距離感、客観性を見失う驕りに、国広もまた腰まで浸かっています。
そこで道を正してくれる陸奥守は、悲しいかな国広にはいない。
本来なら相棒である兼さんが拾い上げなきゃいけないところなんでしょうが、お互いが分かり合えすぎ近すぎて見誤ってしまっているのが、今回の混迷の源泉。
『国広のことは俺が一番知っている』という自信(あるいは驕慢)が兼さんを支えている間は、そこには踏み込めなかったんだと思います。
逆に言えば、そういう危うい親しさを一回壊し、より風通しが良く、より親密な関係を作り直す……あたらしい『土方佩用の二振り』に生まれ変わるべく、今回の衝突があるのかもしれません。

命だけを永らえても、武士の魂は救われない。
そして『武士の命』が刀剣そのものであることは、今回土方さんの回想シーンでも語られたことです。
今回は刀剣男士の腰にクローズアップし、『刀が喋る』シーンが印象的だった。
それは手足と自由を手に入れた『男士』であると同時に、道具として使われ、己の意志で動かないからこそ主と強い関係を結べた『特別な道具』としての刀剣を、強調する意味があるのでしょう。
刀剣として、土方歳三(あるいは坂本龍馬)に無言で寄り添い、運命に押し流された過去があればこそ、それを遠く離れた未来に愛おしく思い返せる、今の刀剣男子たちがある。
過去と未来は不可分に結びつき合っているけども、過剰に癒着し、あるいは安易にひっくり返されるべきではない。
『過去の刀剣』としてのキャラクターを強調することで、『未来の男士』としての顔と意味が鮮明になるのは、今回の軸である『客観的な他者』の別の描き方に思えます。


このように、土方歳三にまつわる二振りの刀、その近さと遠さにクローズアップしたエピソードですが、そこから離れた他者を蔑ろにしているわけではない。
と言うかむしろ、『身内』のいざこざに特権的に足を踏み入れている陸奥守の仕事は、とんでもなく大きい。
龍馬警護の任務を『今のオレがやる訳にはいかない』と突っぱね、後ろ髪を引かれる思いを表情に浮かべつつも背中を向けた……適切に距離を取った陸奥守の姿は、距離感を喪失してしまった二人のあるべき未来なのでしょう。
ここら辺、とっとと自分の物語を終わらせ、迷いにケリを付けた男のありがたさよな。

遠いからこそ、分かたれているからこそありがたい他者の姿は、名探偵陸奥守だけではなく、部隊の仲間からも感じられました。
龍馬護衛のために仲間が舞台袖に下がるのは、余計なキャラをパージしてシーンの圧力を高めていくテクニックではあるんだけども、同時に第二部隊が積み上げてきた信頼、優しさの具現でもある。
任務を果たすためには個人の情を蔑ろにしてはいけないし、個人の幸せがあって初めて、集団が任務を果たし幸せに帰還する未来もある。
それは今回迷っている兼さんや国広自体が、戦いや日常の中で何度も確かめ、他の仲間に伝えてきたことだと思います。

蜻蛉切さんが『兼さんも国広も大事な仲間だ。使命を果たしきるためにも、背中は自分たちに預け、絡まった思いを解決してきてくれ』と言ってくれるのは、第二部隊の中に太い信頼があるからです。
不器用ながらも隊の親睦を深めるべく自己紹介を提案し、ソリの合わない土佐っぽ刀と真剣にぶつかり合い、仲間が傷つけば己の身が砕かれたかのように嘆き、迷いに突き合わせた同志にはしっかり頭を下げ、筋を通す。
そういうリーダーと、彼に付き従う副長がいたからこそ、蜻蛉切さん達仲間も、優しさと頼もしさを返してくれるのではないか。
そうやって過去が報いる描写があることで、兼さんや国広自身の過去が、彼らに返って来て己を救う未来にも、期待を持てるのではないか。
なので、今回メインを太く熱くやりつつ、隊の仲間がお互い信頼を預けあって別れるシーンに尺をちゃんと使ったのは、とても良かった。


そういう信頼に背中を支えられつつも、兼さんは国広に刃を振り上げる形になりました。
あれは国広が煽りまくった結果ではあるんですが、兼さん自身も己の固さを悪い方向に暴走させてる感じもある。
『生命』が踏みにじられ、赤い血が流れることがとにかく大っ嫌いな陸奥守の悲鳴が、なんとも悲壮でした。
お前はホント、みんなが仲良くしてるのが好きなんだなぁ……俺もそっちがいいよホント。

国広が兼さんに抜刀を強いたのは、自分を見失っている現状、それを自分で制御しきれていないを心の何処かで認識しているからだと思います。
最も信頼する相棒が出した答えであれば、『生命』を断ち切り誇りある生き方をえぐり出す決断ですら受け入れると決めているからこそ、堀川は丸腰で踏み出してきたのではないか。
……やっぱ『生命』をただ繋ぐだけでは『命』が無化されてしまう瞬間があるんだって、堀川もどっかで理解してんだな……それを土方さんの生き方には延長できない辺りが、人間らしい限界点だと思う。

これまで戦ってきた許せない仇敵と同じ立場に堕ちていく自分を、最も信頼できる相棒に処断してもらう。
自分では断てない迷いを、最も愛するものに切り落としてもらう。
それは怨霊とかした足利将軍が、第7話で愛刀・骨喰藤四郎に求めたのと同じ動きに思えます。

あの時は刀の本分……命を貫く鋭い武器として向かい合う形になりましたが、いかに状況がもつれているとはいえ、兄弟刀がお互い折り合う結末は、あまりに寂しい。
国広が腰までつかった誘惑が、刀剣男士が時を越えた戦いに身を投じる時誰もが感じる、普遍的なものであること。
それとそれぞれ向かい合い、答えを出したことで、他の刀剣男子たちも強く、優しくなれたこと。
そのためには『自分だけの答え』が大事であり、それを見つけるには揺るぎのない己と、それを気づかせてくれる『適切な距離にいる他者』が必要であること。
兼さんの刃が身内殺しの魔剣ではなく、迷いだけを断ち切る破邪顕正の御剣となる足場は、これまでの物語の中で、しっかり描かれていると思います。

『時間の歪みの中心となってしまった主を殺し、任務を果たし、無辜の命を守る』という、新兵・骨喰藤四郎が辿り着いた結論。
それが同じ新兵・堀川国広が直面する迷いと響き合い、真逆の動きを見せているのは、個人的に興味深いところです。
刀剣男士にはそれぞれ個別の過去があり、想いがあり、個性と人格がある。
それと同じくらい、共通する厳しさと仲間がいて、根っこで繋がりつつも別個で、だからといって孤独ではない決断に至る。
それがバラバラであることが、刀剣男士個人のの誇りを大事にする描き方に繋がっているように思えて、かなり好きなんですよね。

『元の主を断つ』という答えにたどり着いた骨喰も、『時間の因果を断つ』という答えにたどり着いた国広も、それぞれ個別の迷いの中にいて、それぞれの決断に意味がある。
そして彼らは一人ではなく、兼さんは国広の覚悟と懇願を前に刃を振り上げ、陸奥守は必死に声を上げながら命が絶たれるのを止めようとする。
色々バラバラで、でも繋がろうとしている人のあり方の不思議と、矛盾に思える断絶を乗り越える手段が必ずあるのだという信頼感を、この作品自身が紡いできた物語を見返すことで、確認することが出来ます。

まぁなんだ、俺皆のコト好きだからさ……あんま不幸なすれ違いで、どうしようもなく剥き出しの結論にたどり着いちゃうのはちょっと耐えられないのね。
そういう感情に押し流されつつも、この物語が今陥っている混濁を払う材料は、この物語自身がしっかり描いてきたとも思います。
そこが綺麗につながると、『いいお話を見たなぁ……』という満足感に繋がるので、是非やって欲しいもんだ……そういうのが出来るアニメだと思うしね。

近すぎて道に迷った二人は、それぞれが別個の存在であることを確認した上で、どう振る舞うのか。
愛着のへその緒を刃で切り離し、適切な距離を取り戻すのか。
はたまた迷妄に導かれるまま刃を振り下ろし、『死を与える道具』に戻るのか。
お話を牽引してきた名コンビの土壇場、どちらに転ぶかは来週分かります。
あえてこの言葉を使いますが、とても楽しみです。