活撃/刀剣乱舞:第13話『活撃』感想

迷いに迷って函館の果て、刃が断つは末魔の憂いか人の業か。
時空遡行ロマンティックチャンバラ活劇パノラマ、ついに最終話であります。

三年間の暗躍の果てに、小さな歴史改変を仕掛けた国広の迷い。
そんな国広を切れず、かつての主土方歳三を想いきれない兼定の迷い。
そして死を前にして、固めたはずの覚悟が揺らぐ土方歳三の迷い。
三者三様の迷妄を決断にて断ち切りつつ、1000の時間遡行軍との大チャンバラ、己の道の殉じる土方歳三の最期でエモく仕上げる、なかなか迫力のある最終話でした。

というわけで、主に会話とチャンバラに別れる今回。
国広と兼さんがここまで四話、長尺で悩み抜いた問題に決着がつくドラマパートを飲めるかが、この幕末迷妄新選組始末記(勝手に命名)を、ひいてはこのお話全体を飲めるかに関わってくると思います。
自分としては、完全に納得したわけではないけどもそこに流れている感情の温度と濃度はしっかり受け止めることが出来て、その勢いでなんとか飲み込めるかな、という感じ。

ぶっちゃけケジメをきっちり掘りきらず、最終回特有のいいムードで押し切った部分も多々あるのですが、押し切れてんならまぁ良いじゃん、とも思う。
自分は第8話で兼さんが、己が周囲にかけた迷惑、迷妄の結果をしっかり見定め、国広に付き添われながら一人ひとり頭を下げるシーンで、このアニメに前のめりになりました。
なので、ともすれば本丸の大義を揺るがし、時間遡行軍との戦いに大きなダメージを与えかねなかったエゴの始末は、国広にもしっかりやって欲しかったわけですが、そこを掘り下げるシーンはあんまなかったですね。
第二部隊の面々が心の底から善人で、国広の迷いも過ちもひっくるめて全部受け入れてくれる人たちで良かったね、というか。

しかし別に僕は吊し上げがしたいわけではなく、外野からスジの話をこねくり回したいわけでもなく、僕の好きな第二部隊にとって一番いい結論にたどり着ければOKな立場。
当人たちは笑って和解してるし、迷いと受容のサイクルはそれこそ第8話で兼さん、あるいは第9話で陸奥守がやってきたことなので、それが第二部隊のやり方なのだろうな、と思います。
元の主に出会い、迷い、自分の中で答えを出して、笑顔で元の主を死の宿命に追いやる。
陸奥守が一話でコンパクトに纏めた道を、4話に膨らませて迷いまくった国広の重さが、それに相応しい始末を(僕の中の感覚として)要求してる感じかな。
それはあくまで僕の中のものなので、映像として外部化される必然性はないのです。


さて、国広も兼さんも最終話のここに至って、まだまだ迷っています。
何がどうあろうとも『土方歳三和泉守兼定を握って死んだ』と歴史を書き換える覚悟があるなら、国広はわざわざ兼さんを待ってはいなかったでしょう。
その決断を自分一人で果たすのではなく、当事者である兼さんと土方さんに委ねるべく、絶対来ると信じて待ち続けた。
知ってはいましたが、愛の重い男ですね……人生で一番大事な決断ですら、他人に半分委ねてしまえるという。
それも相手が和泉守兼定土方歳三だからこそ、か。

国広が第二部隊に背中を向けたのは、『土方さんが死ぬのが辛い』という己の痛みだけではなく、『土方さんと一緒に死ねなかった』という兼さんの痛みも理由です。
『隊長だから』で心の軋みを表に出さない(出せない)兼さんの辛さは、『鬼の副長』を演じ続けた土方歳三と同じ。
大義のために私情を殺し続ける不器用な男のために、国広は世界の理、鉄の掟を裏切って、自分の道を進むことにした。
でも半分以上他人のためだから、身勝手に道を突っ切って、答えを確定させるだけの燃料……強烈なエゴイズムはない。
伏見の梅林で兼さんと対峙した時のように、国広は最後の決断を常に相棒に委ねるわけですね。
……こうして言語化してみると、随分ズルい男だなぁ……そこが好きだけど。

国広が人に混じった、描かれざる三年間。
タイムワープしてきた兼さんにとってはひとときの別れでも、国広にとっては色んなものを見て、色んなことを感じる時間だったと思います。
個人的にはそこで何を見、感じ、斬ってきたかが知りたいわけですが、そこに時間使ってると終わんないからな! しゃーないな!!
鉄之助が『その刀だけは受け取れませんッ!』と自発的に言い出すべく、どれだけ日常会話に『兼さんまじヤバイんだよ』『土方さんの命なんだよ』的なフレーズを混ぜ込み、サブリミナルしてたか想像すると、ちょっと面白い。

これあえて触れなかったところだと思うんですが、新撰組は治安維持組織であり、幕府のお墨付きをもらった人斬り集団です。
国広が人に交じるため選んだのは、鍬を握って田んぼを耕すのではなく、刀を握って人と向き合う土壇場。
そこで自発的に人を斬る生き方はしなかったと思うのですが、周囲の人達が人を斬ること、それが『刀剣男士』としては等価値に救うべき無辜の命であることを、国広はどう受け止めていたのだろうか。
『函館までの三年間はあくまで新撰組隊士・堀川国広。人の世の矛盾は知ったことじゃない』と割り切れる子じゃないと思うし、そうしていたのなら時間遡行軍との暗闘は戦いきれなかっただろうし。
あるいは、そこにも煮え切らない思いを抱いたまま、三年後に約束された再開と決断を信じて、グズグズと思いを燻らせていたのか。
余計な想像をしたくなるシチュエーションですね。


さて、国広渾身の仕掛けで状況は整い、土方歳三は一旦和泉守兼定を未来に預けるのではなく、死にゆく己の供に定めた。
歴史を書き換える決断はしかし、他でもない和泉守兼定自身の言葉によって、真っ向から切り捨てられます。
戦場から離されたのは自分が無価値だからではなく、むしろ未来に託すに値するだけの『命』であったからこそ。
そして堀川を半分残したのは、故郷・多摩に形見と預けた己と同じ重さを、死地たる函館、侍のまま死んでいく自分に見出したかったから。
国広が作ってくれた舞台で、ずっと抱え込んできた迷妄に答えを出した兼さんは、『鬼の副長』本人が忘れていた『武士よりも武士らしい』生き様を言葉で伝え、行いで正させます。
つくづく、刀剣二振りと土方歳三の関係性は『当人が覆い隠しているもの、忘れてしまっているもの』を愛情故に相棒・愛刀が背負い、ねじ曲がった道の果てに納得させる展開だな。

刀は武士の命である。
これは第三話の名もなき浪士、あるいは第九話で坂本龍馬が示してくれた、侍の共通見解です。
土方さんに函館で捨てられたと、史実を解釈もできる兼さんは、アタマではこの文言を理解していても、魂の奥底では納得していなかった。
実際に出会い、言葉を聞き、息がかかる距離で生き様を見守ることで、心の底から納得して、物質としての自分を手放させる。
そのためにはやっぱり、堀川が兼さんのそういう脆い部分を背負って一旦離れ、舞台を整える必要はあった気がします。
ぶっちゃけ長かったけどさ!

死を前にして、いかなる形の『命』を選ぶか。
これも第3話辺りからずっと作品に鳴り響いている通奏低音で、活劇は『命』という言葉の多層性……『生命』『主命』『使命』『宿命』を様々な角度から捉え直すアニメだった、とすら言えると思います。
土方歳三の『生命』を引き延ばそうと国広は動き続けたわけだけど、それは『武士よりも武士らしい』という面目を歪め、苦しみつつも決断を積み重ねて死地にたどり着いた土方歳三を蔑する行為でもある。
兼さんが抱えてきた土方歳三への愛おしさ、無用であることへの恐怖を、国広が代理で背負ったように。
国広が見落としている『ただ生きることよりも高潔な死に様』への尊重を、兼さんは国広の代わりに言葉にしたのでしょう。
公と私、生と死、形に残るものと語り継がれるもの。
お互い正反対のものを背負いつつ、実はそれを共有しているコンビの有り様が、よく見える構図です。

突然の闖入者に土方歳三は愛刀・和泉守兼定をすっぱと抜き放ち、突きつける。
偉人なれども歴史の闇の理を知らない土方さんは、目の前の優男が自分の掌中にある『和泉守兼定』それ自体であることなど想像もせず、ただ一番頼りにできる懐刀として、脅威に立ち向かう相棒として抜いている。
この構図はやっぱ、第9話で龍馬と向かい合った陸奥守を思い出させます。
まだ言葉も手足もない、ただの器物だった時代の自分と向かい合うことで、胸の中に渦巻く迷妄に答えを出し、未練を断ち切っていく。
頼りになる仲間が過去に克服した道を、兼さん(と、兼さんが背負う国広)も歩くのだね。

兼さんは伏見の梅林で土方さんを見かけた時、あくまで刀剣男士の分をわきまえ、影から見守り私情を殺すことを選んだ。
しかしそれで収まるほど兼さんの感情の総量は小さくなくて、自覚なく溢れた涙の意味を堀川は知っていたから、兼さんの代わりに土方さんの側に寄った。
そんな国広を追う形で、土方さんの前に堂々と姿を表した……第1話と同じように『ルール違反』をした兼さんが、土方歳三が隠している死への怯え、未来への希望を暴き、国広の迷いを斬る。
同じく梅林で切り落とせなかった国広(と、国広が背負う兼さん)の迷妄をスパッと切り落とすことで、兼さんがようやく『自分だけの答え』にたどり着く形になりました。
そしてそれが、堀川国広の、土方歳三の『自分だけの答え』を照らし、愛ゆえにねじ曲がりかけた歴史を正道に戻す。
ここら辺はただの肉切り包丁ではなく、心を研ぎ澄ませたる破邪顕正の武器として愛されてきた日本刀のあり方にも重なっていて、いい展開だと思いました。


刀剣男士が歴史に直接触れない以上、尊厳ある死に生物学的な生存以上の価値を認め、目の前で散っていく命を肯定するロジックを組むのは、必要な逃げ道ともいえます。
兼さん自身が三日月に語っていたように、広がる理不尽な『死』を納得する方法などなく、どれだけ経験と言葉を重ねても、心の何処かが軋むものなのかもしれない。
時と宿命に追い立てられ、未来もわからぬままがむしゃらに生き、死んでいく人間の宿命。
そこから外れた存在であり、だからこそ未来を守れる刀剣男士が、その実あまりにも人間的でありすぎることの歪みが、今回土方歳三とその佩刀を軋ませた原因かな、と思います。
だから国広の願いも兼さんの悩みも、答えが出たようで逃げていく、ウダウダしたものなのは彼らが『付喪神の怪物』である必然なのかなぁ、と。

そこで下手に人間至上主義に寄せず、人ではないからこそ人に引き寄せられ、どれだけ近づいても人になりきれない刀剣男士の怪物性を最後まで描いてくれたのは、僕には嬉しいことでした。
時間守護と刀剣人化っていう特殊な設定を持ち込んでいる以上、どんだけ飾っても刀剣男士が『全うな人間』じゃないのは事実だもんな。
そこを下手に歪めず、怪物だからこそ出来ること、器物だからこそ人間の営みに惹かれる心理を大事にしたのは、原作設定をまっすぐ見据えた作りだと思いました。
僕男の子なので、『人間を擬して生まれ、人ならざる悲哀を胸に戦い続けるヒーロー』は、判りやすくご褒美なのだ。
活劇楽しく見れたのは、歴史の闇に潜む悲哀の英雄物語として、『男の子向け』の話も本気でど真ん中を走りきってくれたのデカイなぁ、自分の中で。

『人ではないからこそ、人に惹かれる』という刀剣男士の心理が、『武士でないからこそ、武士であろうとする』土方歳三の心意気と重なってるのは、狙ったのか狙わないのか、ともかく良い図式だと思います。
人に似て人ならざる、武士に似て武士ならざる。
お互い『モドキ』という共通点を持った人と刀が交錯する時、その歪みがむしろ純粋な思いを引き出すのだと示せたのは、なかなかに面白い。
『モドキだからなんだ。人間も怪物も生まれではなく、生き様で値段が決まるんだ!』というメッセージを感じ取ってしまったのは、僕が多摩のどん百姓・土方歳三の泥臭い生き様が好きだからだろうなぁ。


国広自身では出し切れない迷いを預けられ、見事に答えた兼さんは、お馬さんで戦場に取って返し、仲間と『刀剣男士』としての戦闘に挑みます。
流石に最終回、たっぷり尺を取った大チャンバラは迫力があり、見どころ満載大興奮でした。
やや引き気味に取ったカメラが戦場の広大さ、敵の強大さを巧くアピールしてたし、『あ、ヤバいかも』と絵で見せたところで待ちに待った第一部隊の仲間(&ジジイと骨喰くん)の加勢が入るタイミング、まさに完璧でした。
個人的には、蜻蛉切さんと大典太の『天下三名槍&天下五剣、夢のタッグバトル』が一番興奮した。
第5話で胸をかき回した大太刀との因縁もしっかり回収し、歴戦で強く鍛え上げられた業前を証明する立ち会いになっていたのも良かった。
あとジジイが現臨したときの超絶強キャラオーラな……お前マジ調子のりすぎだろ……男の子はそういう、超無条件につええガイが、かなり好きだぜ。

刀剣男子たちの合戦があくまで前座であり、歴史に残る箱館戦争最後の戦場に時間遡行軍を介入させないための、影の戦争であるのは面白い。
あれはあくまで超人たちの戦場であって、人間が歴史の当事者として殺し合うカルマの庭こそが、本当の『活撃』なのでしょう。
チャンバラの激しい興奮の奥に、『命』を守るために戦い続けてきたのに、その『命』が火花を散らすキリング・フィールドを守るべく戦う、刀剣男士の世知辛さがあるのも良かった。

それを全てが終わった後、兼さんと三日月が回収して〆るところもね。
ブラウザゲームという形式上、どうしても刀剣乱舞は『終わりのない物語』になるしかなくて、三日月が言うように『戦いは続くさ、いつまでも』となってしまう。
結末の見えない無限の修羅界に身を置き、なおかつ人間性を維持したまま時渡の怪物であり続ける悩ましさを、兼さん……というか刀剣男士という存在そのものは永遠に抱え続けるのだと思います。
コンテンツが持っている根本的な軋みをなかったコトにするのではなく、そこに何らかの意味を見出そうと向き合ったのは、とても良かった。
構造上答えってやつは出せないし、それを踏まえての三日月・兼定問答だとは思うのですが、生きている以上疑問に苛まれてしまうキャラクターに報いるべく、答えのでない問いにちゃんと向かい合う姿勢を見せたのが、僕はなんだか嬉しかったです。

さて闘争が果て、人間の殺し合いが始まって史実通り、土方歳三は死ぬ。
殺して迷ってまた殺して、さんざん時間をかけて向き合ったはずの覚悟は土壇場を目の前に揺らぎ、兼さんと国広は思わず駆け出してしまう。
『お前らそこは散々やったでしょ!』と言いたくもなるけども、その情の濃さが兼さん達の強みであり、キャラクター性なのだろうなぁ。
脇を閉めずに乙女ダッシュする姿が完全に悲劇のヒロインで、画面から漂うあまりのキラキラ力に思わずむせてしまったのは秘密だ。
兼さんと国広の物分りの悪さは、いわゆる『女』の情念として作中書かれ続けたので、あの走り方は必然なんだけどね。
デザインにしろキャラの動かし方にしろ、美しい男に女の要素を適度に紛らわせ、越境の面白さを盛り上げていく刀剣乱舞のスタイル、やっぱ好きだな。

駆け出した二人は、しかし『土方歳三が死ぬ』という史実には追いつけず、道半ばで歩みを止めます。
それは刀剣男士の必然であり、あそこでたどり着いてしまえば彼らは時間遡行軍……ついさっきまで斬り殺してきた『敵』になってしまう。
愛おしいからこそ追いかけ、だからこそ追いつくことが絶対にできない。
ツェノンの逆理にも似たパラドキシカルな情と悲哀は刀剣男士すべてに共通するもので、それを確認するために四話かけて、国広を惑わし、兼さんを迷わせ、伏見から函館まで話を進めてきたのかなぁと、少し思いました。

 

さて、活撃/刀剣男子も終わりました。
終わってみると、やっぱいいアニメだったなぁ。
『時間の守護者として、影から歴史を守る刀剣男子』という基本設定を柱に、そこに刀剣男子が感じるだろう想いや矛盾、痛みや悩みにど真ん中から向き合ってくれました。
『この設定なら、まぁそこは悩むよね』って部分をちゃんと捉えて、苦しみもすれば喜びもする人間の物語として、しっかり起伏をツケてくれました。

話の主筋を和泉守兼定・堀川国広・陸奥守吉行に思い切って絞り、任務の中で『命』『歴史』『刀剣』の意味を幾重にも折り重ねていく作りも、展開が分厚くなってよかった。
キャラが非常に多いコンテンツなので、横幅広く色気を出すことも可能(だし、花丸はそっちに舵を切った)なんだけども、あえて絞ってディープに、世界設定が要求するものを掘り下げていったのは良い見切りでした。
部隊の仲間も蔑ろにするのではなく、むしろゼロから人間関係や役割分担が構築されていく『チームモノ』としての楽しさを際立たせる感じで上手く使っていて、非常に良かったと思います。

UFOの雰囲気ある撮影、高い作画力を活かして、言外の意味をたっぷり込めた絵や、興奮を呼び覚ますアクションをしっかり作れたのも良かった。
戦士だからこそ宿命に悩み、血が流れる戦いだからこそ行動に重さが生まれる。
アクションシーンを手抜かりなく仕上げたことがドラマに生きていて、ドラマがアクションを要求する自然さもあり、見事に両輪として機能していました。
美術が美麗かつ落ち着きがあって、伝奇ファンタジーに必要な『異質な美しさ』をしっかり描けていたのも良かったな。

人間よりも人間らしく悩み、迷い、熱い血潮を滾らせる刀剣男子たちが、皆好きになれるアニメでした。
『生命』を重んじる陸奥守と『主命』を背負う兼さんのライバル関係を、激しい戦いの中で相互理解に変えて、後半はそこに隠されていた国広の生命主義と兼さんの名誉主義の相克へと、軸を切り替えていく。
正直後半はやや時間を持て余していた感じも受けましたが、12話通しての話運びとしては、なかなか強い軸を感じ取れました。
座組を変えた第7話が、テーマとしてもキャラ描写としても非常に異質で、折り返し点としていいアクセントになってるのが、面白い構成。

ゲーム外からアニメだけ見ている門外漢でしたが、時間の守護者であり人外の付喪神である刀剣男士が何に悩み、どう生きているのかを、しっかり感じられるアニメだったと思います。
やっぱ記号としてファンサービスを繰り返すだけの存在よりも、間違えて改め、ぶつかって理解を含めていくど真ん中の『人間』として物語を描いてくれたほうが、興味は掻き立てられる。
やるせなさやもどかしさも含めて、白皙の美青年達に巧く血潮を宿し、泥臭さと華麗さを両立させたヒーローを描いてくれました。
面白かったなぁ、やっぱ。

三ヶ月間、とても楽しく視聴させてくれました。
満を持して発表された劇場版、また一月からは花丸二期と、刀剣乱舞アニメの勢いは止まりません。
腰までどっぷり浸かるとはいかない、クソニワカのぬるいファンですが、でもそういう層がしっかり楽しめるベーシックな強さがちゃんとあるのは、とても良いことだと思う。
今後もあえて門外漢として、刀剣男士の宿命と日常を共有させてくれたら、ありがたい限りです。
ともかくお疲れ様でした、とても良いアニメでした。